桜の頃

4


 ――危機感がなさすぎる。
  最近満澄が冴島に感じていることだった。とても同業者とは思えない冴島の言動に、満澄はときどき酷く不安になる。
  そもそもあの監禁場所から満澄を連れ出したことで、瀬川のグループ内での冴島の立場はだいじょうぶだったのだろうか。実際に手をくだしていたのは同じ瀬川グループの中野という男だったらしいが、まさかあの状態で満澄が自力で脱出したとは思っていないだろう。それとも、冴島が介入したことに気づいていないのだろうか。
「組織が必ずしも一枚岩ではない」と冴島が以前言っていたように、瀬川のグループ内で冴島と中野がうまくいっていないだろうことは想像に難くない。おまけに去年の暮れのトラブルで美里を中野から取り戻したとき、満澄が冴島を協力させた経緯もある。もっともあれは満澄が間宮に言われて渋々使った反則技ではあったが。
  もしかしたら、そういった事柄が冴島の立場を悪くしているのではないかと、満澄は気になっているのだ。責任を感じていると言ってもいい。
  ――それなのに奴ときたら……。

 

「なんだよ?」
  睨まれて、冴島は男っぽい眉を寄せる。
「――例えばだぞ、おまえと俺のところで、これから先なんかの拍子に敵対した場合、おまえどうする?」
  満澄の質問の意図がわからないのか、冴えた瞳がじっと見返した。
「どうするって?」
「だから……、俺とおまえの関係がこのままではマズイだろうが」
  苛々した満澄が有り体に噛み砕いて言うと、冴島は男らしい容貌にふっと微笑を浮かべた。
  思わずどきりとするような、魅力的な表情だった。もしこれを計算ずくで冴島がやっているとしたら、もう満澄の手に負える範疇(はんちゅう)ではない。
「マズイか――?」
「当たり前だっ」
  そうかなぁと首をひねりながら、どうやら本気でそう思っているらしい冴島は、満澄に向き直ると言った。
「だったら俺はあんたの方を選ぶ」
「――ッ!」
  あっさりと告げられて絶句してしまう。
「そのときは俺とカケオチしてくれ」
「はあ――ッ!?」
  満澄は思わず素っ頓狂(とんきょう)な声を上げた。
  ――まじめに心配した俺がバカだった。
  大体なんで自分がこれほど冴島に振り回されなくてはならないのか。とにかく人をくった奴を相手にしていると調子が狂ってしかたがないのだ。どこまでが本気なのか皆目見当がつかない。
  ――それとも全部ふざけているのか。
  どっと疲れてため息を吐く。
「満澄」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな」
  冷たく言い返すと、
「庵原(いはら)さん」
  ――げっ…。
「もう、帰れッ!」
  だんだん腹が立ってきて満澄は言った。気のせいか目眩までする。
「――わかった」
  拗ねたような表情で、冴島は言いかけていたことばを飲み込んだ。
  冴島にしては子供っぽい仕種に「あれ?」と満澄が思っていると、冴島はソファの背に掛けていたスーツの上着を取って立ち上がった。
「邪魔した」
  そのまま背を見せて玄関へと向かう冴島に、気まずくなって「おい待てよ」と立ち上がり、つい声を掛けてしまった。
「帰るのか」
「帰れって言っただろ?」
「………」
  ――いい大人が何拗ねてンだよ。
「おまえ、……さっき何か言いかけただろう」
  ちょっと肩の力を抜いて満澄は訊ねた。
「ああ」
  と、冴島は遠くを見るような目つきで言った。
「……やっぱりいい」
  ――気になるだろうがっ。
「言えよ」
「怒らないか?」
「――怒らないから」
  呆れたように言ってやると冴島は、
「じゃあ、『キスさせてくれ』」
  さっき言いそびれたことばを、うれしそうに口にした。

 

 もちろん、キスだけで終わるはずがないのはわかっていた。『なぜ許可を求めるんだ?』と訊いたら、『このまえ殴られたから』と、冴島は平然として答えたのだった。
  一度縮まった距離に戸惑うのは、ほんの一瞬だけだった。

 

「…っ、…んッ」
  声を殺そうとして果たせず、くぐもった喘えぎが零れてしまって、満澄は羞恥で目元を潤ませた。
「声、聞かせろよ」
  冴島は満澄のモノを口に含みかけて唆す。唇の動きにぞくりと直に刺激されて「あぁッ」と声が出てしまった。
  自分の寝室のベッドの上だった。灯りはない。着衣は全てお互いに剥ぎ取って。たぶんリビングから寝室までのルート上に散らばっているはずだ。
「…は、ぁ…、あッ、あぁッ」
  冴島の逞しい肉体に組み伏せられて、仰向けに足を大きく膝を割られた満澄は、加えられる愛撫にいちいち背をのけ反らせる。
「ひ…ゃ、ッあ!」
  尖らせた舌で蕾をつつかれ正気が消し飛ぶ。
  中途半端に前をなぶっておいて、冴島は執拗に満澄の蕾を濡れた舌で愛撫した。満澄の後孔は先日の冴島の無体な行為で慣らされていて、ヌルリと中まで冴島の熱い舌が潜り込む。
「や、冴ッ…じ、…まッ!」
  気絶しそうな過度の快感に、満澄は冴島の髪を掴んで引き剥がそうとするが、さらに舌を使われてたまらず悲鳴をあげた。
「もう…、やめッ、あぁッ!」
  満澄のモノは熱く昂って、とろとろと切なげに涙を流している。
  もう、イかせて欲しいと、プライドもかなぐり捨てて懇願したいのに、息が苦しくてことばにできない。舌でなぶりながら、冴島は決定打を与えてくれないのだ。
「満澄……」
  名前を呼ばれて、満澄は息も絶え絶えの態で、涙で曇った眼を見開いた。
「俺の名前呼んで。敬って」
  満澄は荒い呼吸をしながら唇を震わせた。
「――呼んでくれたイかせてやる」
  顔を上げた冴島がささやいた。
「はぁッ、…た…、かし…ッ」
  声を必死に絞り出した満澄を、冴島が満足そうに見下ろした。

 

「はぁ…ッ、んッ、あ、あぁッ!」
  ぎしぎしとベッドを軋ませながら、満澄は深く繋がった冴島に翻弄される。もう何度イかされたのかもわからない。冴島の熱い楔に貫かれ、また引き抜かれ、泣き叫びそうなくらい感じるところを擦られる。
  ついさっきまで満澄が考えていた敵対したときのグループのことなんて、もうどうでもいい気がしてくる。ひょっとしたら、それこそ冴島の思うツボなのではないか。そう頭の隅で考えて。
「や、…あっ、ぁ」
  満澄は直後に零れた甘い声が、自分のものだとは気づかない振りをした。

 

「――もう少し手加減しろ……」
  ぐったりとしていた満澄が眼を閉じたまま呟いた。糸が切れたように動かなくなった満澄が心配になって、顔をのぞきこんだときだった。
  ――今夜は怒ってないな。
  その声を聞いて冴島は密かに安堵した。
  冷たい素振りで何げない声をつくろいながら、満澄の語尾が甘く掠れてしまったからだ。
  返事の代わりに冴島は、満澄の唇にそっと自分のを押し当てた。

 


END