いまどき「スイーツ好き」の男がいたっていい、と暁春(あきはる)は思う。
たいていの女の子は甘い物が好きだが、男がそんなものを好むのは格好悪いと考えてこだわること自体、時代遅れで偏見だ。だいたい逆に、甘い物が苦手な女のひとだっているはずだ。
だから、美森真一(みもりしんいち)が自分以外の人間の前で、
――甘い物? なんだソレは。
と、「まるで興味のなり振り」をすることが一体どんな意味を持つのか、暁春には謎である。
職業柄なのか、美森は自分がひとに与えるイメージというのを客観的につかんでいて、そのための演出に必要であるという認識なのかもしれないけど。
実際、暁春が費慧軍(フェイフイジュン)に命じられて上海で美森に初めて接触したとき、彼は日本のビジネスマンに見えた。そのときの暁春は美森が日本の大使館員だと思っていて――美森はもともと警察官で、帰国後は外事課に配属されることが予定された警視庁からの出向だったのだ――、後に東京で再会したときに外事課の刑事だと知ってすごく驚いたのだった。
いずれにしても、クールなやり手を演出する際に、「スイーツ好き」という美森の事実は秘匿されなくてはならない重要事項らしい。
「桐山(きりやま)は帰ったか」
マンションに遊びに来た美森の部下である桐山巡査部長を、階下まで見送った暁春がリビングに戻ってくると、美森は確認するかのように訊ねた。
「うん。桐山さんって、本当に真一さんのファンなんだね。『また遊びに来ます!』って、うれしそうにしてた」
「毎日顔合わせるのに、おかしなヤツだ」
軽く眉を寄せて美森は応じた。
外事二課の美森の班に所属する桐山は、美森のことを「ノンキャリの星」と崇めているのだ。公私共に子犬のようにつきまとうので美森は甚(はなは)だ迷惑顔だが、実のところ部下としてかわいがっているのを暁春は知っている。
もっとも桐山がこのマンションに遊びに来たところで、美森と暁春との関係を本当に正しく理解しているとは思えなかったが。
ちゃんと把握しているのは、美森の直属の上司である瀬戸課長と、さらに上層部のほんの一部の人間だけだ。
「真一さん、桐山さんにもらったケーキ食べる?」
「ああ、そうだな」
桐山が手土産で持ってきたおいしそうな有名店のケーキを、美森はわざと興味のない振りをして彼の目前では食べなかったのだ。
美森がスイーツ好きとは当然のことながら桐山は知らないようで――ファンとしては詰めが甘い――、美森が食べないのなら『自分がもうひとつもらいます』なんて展開になったものだから、美森の胸中を察した暁春が慌てて『僕があとでいただきます!』と、美森の分をキープした経緯があった。
「――別に隠さなくてもいいのに……」
「ん? きみとのことか」
「違うよ、スイーツ好きのこと」
自分との関係は――、やっぱり隠しておいた方がいいと暁春は思う。ただでさえ、美森の関わる案件はややこしいものが多いのだから。
「スイーツという響きが嫌だな」
「じゃあ、甘い物好き」
「………」
ソファの上で黙りこんで、美森は恨めしそうにこちらを見やった。
いつもは隙のない計算された微笑なんて刻む男が、こんな情けない表情するのを見るのはちょっと楽しい。
「暁春、おれにもイメージというものがあるんだ」
「ふうん」
隣に腰をおろした暁春がにやにやしていると、
「……わかった、認める。おれはスイーツ好きだ。これでいいか」
美森が降参したように言った。
「いいかって、そういうことじゃ」
「きみには何も隠さない。約束する。……だから」
真剣な眼差しでささやいた美森のその手が、ふわりと官能的な雰囲気をまとって暁春の顎を取った。
「あの、ケーキは……?」
「こっちの方が甘い――」
唇が重なって、ソファの上に押し倒される。
「ん…っ……」
喉奥から、自分でも恥ずかしいような甘ったるい声がもれた。
ケーキを後回しにしてなんて、美森の反応がうれしい。それとも美森は、おいしいものは後に取っておく主義なのか。
どっちだろう……? なんて、ばかなことをちらりと考えて、だけど美森の愛撫に身も心もとろけていく。
――本当に、ケーキより甘い。
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