■ 熱帯魚5 ■


 物憂げにカウンターに上半身をもたれさせて、瑞樹は茫洋とした視線を宙に泳がせていた。連日客をとっているためか、身体の疲れが取れない。身体の芯に澱が溜まったようにだるく、熱っぽい感じがする。もしかしたら風邪でも引いているのかもしれない。
 この十日ほど、瑞樹は〈シヴァ〉に通い続け、声を掛けられればどんな客とでも寝た。それどころか、要求されるがまま客が望めばどんなことでもした。以前の瑞樹なら、絶対にやらなかったようなことまでもだ。
 口コミで拡がったのか、そんな瑞樹目当てにあまり柄のよくない客たちが、瑞樹を指名するために〈シヴァ〉にやってくるようになった。


 マスターは当然いい顔をしなかったが、これといったトラブルにならなくて瑞樹が嫌がっていない以上、無理やりやめさせる訳にもいかないようで、しぶしぶといった感じで容認してくれていた。
 ――もう、どうだっていい……。
 熱のあるらしい頭で瑞樹はぼんやりと思った。堕ちるところまでいくまでだ。
 両手首に残る擦り傷を無意識にさすっていた瑞樹は、ふと左手に嵌ったシルバーのブレスレットに眼をやった。一条に海外出張の土産としてもらった、カナダ先住民の手によるものだった。
 一条にもらったものは、すべてあの部屋においてくるつもりだったけれど、瑞樹はどうしてもこれだけは手放せなかった。幸せな思い出と一緒に、ずっと大切に持っていたかったのだ。
 細身の表面に彫り込まれた幾何学的なデザインは、大烏―おおがらす―(レヴィン)だ。ところどころにはめ込まれている透明で蒼い小さなサファイアが、カウンターの照明にきらきらと映える。指先でそっとなぞると、冷たい感触が熱をもった指先に心地よかった。
「縛られたのか」
 他の客に聞かれないように、カウンターの中からマスターが小声で訊ねた。狭い店内はほぼ満席だったが、珍しく今夜は、まだ瑞樹に客がついていないのだった。
「ああ、これ?」
 瑞樹は両手の赤く腫れた擦り傷をマスターに見せた。
「縛られたおれが悲鳴をあげると、興奮するんだってさ」
 瑞樹はわざと軽い口調で言った。
「面倒だから、いつも縛られた途端、あまり酷いことになる前に大仰に悲鳴をあげてやるんだ」
 マスターは眉をしかめた。
「でもそれで客が興奮しすぎて、かえってめちゃくちゃされちゃった。プレイなのにマジ勘弁してくれよって感じ?」
「――そんなスレた口のきき方するなよ」
 マスターはとがめるように言って続けた。
「なんなら、おれの部屋に来てもいいんだぜ? 意固地になるのもたいがいにしろよ」
「へえ? マスターがおれのこと抱いてくれるの」
「ばか、そんなんじゃねえよ。…それにおれは抱かれる方が気に入っている」
 マスターの爆弾発言に瑞樹は思わず眼を瞬かせた。
「マジ?」
「そうだよ。悪いか?」
「ううん」
 すっかり毒気を抜かれて、瑞樹は悪ぶっていた態度から素に戻ってしまっていた。こんな店をやっているのだから、そういうこともあるかもしれない。結構親切にしてもらっているのに、自分はマスターのことは何も知らなかったなあと瑞樹は思った。
「それ、一条さんにもらった物だろ?」
「………」
 マスターの視線の先のブレスレットに、瑞樹は黙って目をやった。
「まだ好きなんだな、一条さんのこと」
「売り飛ばそうと思ってもらってきたんだ」
「後生大事にもってるくせに」
 痛いところを突かれて、瑞樹はマスターの顔を上目遣いに睨んだ。
「――おれは、身代わりだったんだ。死んだ一条さんの恋人の。せっかくおれにも帰る場所が、家族ができたと思っていたのに。身代わりだなんて悲しくて、我慢できなくて……」
「…んなの、お互い様だろう?」
 マスターがこともなげに言った。
「おまえだって、一条さんを『家族ごっこ』に付き合わせてたってことだろうが」


「…っ……!」
 確かにマスターの言う通りだった。一条に妻がいることを承知の上で、あのマンションの部屋で瑞樹は自分が一条の奥さんになったような気がして喜んでいた。
 それは身寄りのなかった瑞樹が初めて他人から必要とされて、あまりにもうれしくて幸せに感じたからだったけれども。でもそんなおとぎ話みたいな幸福は、現実には存在しないことを瑞樹は知っていた。
「そんなの魔法がとけたら、ただのカボチャだよ!」
 マスターに言い負かされたのが悔しくて、瑞樹は我しらず語意を強めた。
「ふうん」
 全然堪えていない様子でマスターが言った。
「じゃあ、おまえの左手首に嵌っているブレスレットは何なんだよ?」
 まだ魔法はとけていないだろう? とマスターはささやいた。
 瑞樹は小さな宝物のように自分の手首で光るブレスレットを見つめた。
 ――ああ、これはガラスの靴か。
 瑞樹は思った。
 ――あんなおとぎ話、おれは信じてないのに……。
 そのとき、店の入口ドアが勢いよく開かれた。何事かと見遣った客たちをかき分けるように、長身のカシミヤコートを着た男が入ってきた。
「瑞樹っ!」
 叱責するように名前を呼ばれて弾かれたように顔を上げた瑞樹は、愕然として男の端整で厳しい表情の顔を見た。
「一条…、さん……!」
 十日振りに見る一条の姿がそこにあった。
 一条はまっすぐ瑞樹のいるカウンターまで歩いて来ると、瑞樹の腕を掴んで言った。
「帰るぞ」
 一見落ち着いているような一条の態度だったが、押さえ切れない怒りのオーラが全身から滲み出ていて、瑞樹は思わず身を強張らせて首を横に振った。
「一緒に来るんだ」
 苛ついたように言って、一条は瑞樹はカウンターのスツールから引きずり下ろす。
「お客さん、乱暴は困ります!」
 見かねたマスターが口をはさんだ。
「これはわたしと瑞樹の問題だ」
 ぴしゃりと一条はマスターを黙らせた。
 そして呆然としている瑞樹に一条は向き直って言った。
「戻って来い、瑞樹」
 ことばは命令形だったが、一条の声の哀願するような響きに、瑞樹はふいに胸を鷲掴みにされた。
 一条は海外出張帰りだったのだろう。よく見ればいつもきちんとしている一条の髪型は乱れ、慌てて瑞樹を捜しに来た様子が見て取れた。
「一条さん……」
「愛しているんだ」
 瑞樹は目を見開いて一条の端整な顔を見つめた。『愛している』なんて言われたのは初めてだった。ことばの意味を噛みしめるより先に、こんな衆人環視の中で一条さんは何を言い出すのだろうと瑞樹は思う。
「おれは瑞樹を愛しているんだ」
 しかし、一条はさらに言い募るようにして瑞樹の身体を引き寄せると、有無を言わさず口づけた。
「…!」
 驚きとも歓声ともつかないどよめきが〈シヴァ〉の店内に沸き起こったが、一条は瑞樹をすぐには放さなかった。強引な舌に蹂躙されて、頭の芯が甘く痺れていく。
「……瑞樹、一緒に帰ろう」
 離れかけた唇で一条がささやいた。
 熱い涙で視界が霞むのを感じながら、瑞樹は一条に頷いた。

「あ…マスター、ごめんなさい」
 すぐ側のカウンターにいたマスターに、はっとして瑞樹は言った。
「なにが?」
 と、マスターは肩をそびやかした。
 店内を騒がせたことか、それとも色々心配をしてもらったことか。瑞樹にもよくわからなかったが、たぶん両方だ。
「ハッピーエンドと相場が決まってるんだ。ガラスの靴の持ち主はな」
 マスターはそう言って、片目をつむって見せた。
 一条のマンションへ向かうタクシーの後部座席で、瑞樹はずっと一条に左手を握られていた。
 一条の視線が、つと瑞樹のブレスレットで止まる。
「それは持っていたんだな」
「……初めて一条さんにもらった物だったから」
 今度は瑞樹が控えめに訊ねた。
「――グッピーは、…元気だった?」
 一条の部屋を出て来る前に水温を確認してオートフィーダーをオンにしてきたものの、一条が出張で留守の間、実は熱帯魚のことが瑞樹は気になっていたのだ。
「グッピー?」
 と、一条が一瞬きょとんとした。そんなこと、訊ねられるまで意識にも上らなかったといった様子だ。
「いや、スーツケースだけ置いて、急いで出て来たから……」
 やはり一条は出張から戻ったその足で、瑞樹を捜して〈シヴァ〉に来たらしい。ローテーブルの上に置き去りにされた合鍵を見つけて瑞樹の意図に気づき、そのままマンションを飛び出して来たのだろう。
 どうか元気でいて欲しいと、瑞樹は心の中で祈った。
 
 もう戻らないつもりだった一条のマンションの玄関で、瑞樹は一条に促されて靴を脱いだ。恐る恐る広いリビングへと足を踏み入れる。
 水槽の小宇宙の中で、グッピーたちは元気に泳ぎ回っていた。
 ――よかった……。
 瑞樹は胸の内で安堵の息をはいた。
 緑も鮮やかな水草の中をひらひらとすり抜けて、グッピーは蒼や緑、黄色やオレンジのカラフルな宝石のように思い思いに泳いでいた。
 じっと水槽に見入っていると、背後からそっと一条に抱きしめられた。
「瑞樹、すまなかった……」
 一条が耳元で低くささやいた。
「傷つけるつもりはなかった。だが酷い言い方をしたと反省している」
「………」
 抱きしめられたまま、瑞樹は黙って一条のことばを聞いていた。
「瑞樹には、おれは嘘をつきたくなかったんだ。――あいつが死んだのは初夏の頃だった。あれからもうずいぶん経つのに、毎年夏のはじめになると辛くて……」
 瑞樹を抱く一条の腕に力がこもった。
「そんなとき、おまえに出会った。一瞬、生き写しだと思った。……いや、そう思いたかっただけだな」
 一条の声には自嘲の響きがあった。
「だから最初は確かに『身代わり』だった。おれと亜沙美が互いの傷を舐めあうような結婚をして、いつも誰か身代わりを捜して……、おれたちはあいつを失った悲しみを慰めたかった。そうやって自分たちを憐れんでいただけなんだ。――あいつはきっとおれたちに、そんなことは望んでなかっただろうに」
 ひらひらと鮮やかなブルーのグッピーが、瑞樹の視界を横切って行く。
「そんな呪縛から最初に抜け出せたのは、亜沙美だった。美大を卒業していた彼女の気晴らしになればと、小さな画廊を買ってやったんだ。そこである画家と知り合った。亜沙美から聞いただろう?」
「――聞きました。一条さん公認の恋人がいるって」
「亜沙美が離婚を望めば応じるつもりだった。おれは亜沙美のことも愛しているが、それは瑞樹に対するものとは異質だということはわかってくれるか?」
 瑞樹は頷いた。亜沙美も言っていた。兄妹のようなものなのだと。
「亜沙美はあえて離婚は選ばなかった。恋人に資金援助をするためだ。それで亜沙美が幸せなら、おれは喜んでそうする。もし亜沙美に子供ができたら、おれの子として籍に入れるつもりだ」
 家族の形体には色々な形があるのだろうと瑞樹は思った。
 ――愛情にも様々な形があるように……。
 すると一条は「瑞樹」と、一条の方へ瑞樹の身体を向かせた。
「おまえは誰の代わりでもない。瑞樹は瑞樹だ。おれにとって唯一無二の……」
 一条の真摯な双眸がじっと瑞樹を見つめた。
「家族になろう。……ずっと側にいて欲しい――」
 ――家族に。
 瑞樹は一条の端整な顔を見返した。
 ――ずっと側にいて欲しい……。
 一条のことばが胸の奥までじわりと染み渡っていく。
 ずっと瑞樹が欲しかったものだった。
 頷くと瑞樹は一条に抱きしめられた。温かい胸の中で瑞樹は目を閉じる。目を閉じても熱帯魚はひらひらとまぶたの裏で泳いでいる。
 
 
 一条に手を引かれてベッドルームに入った。一条に初めて抱かれたときのように、瑞樹は大きく波打つ胸の鼓動を押さえられない。
 空調の行き届いた広い部屋に仄かな灯りをともし、ベッドにふたり横に並んで腰を下ろした。間近で互いの顔を見つめ合って、瑞樹は一条の双瞳に慈しみの表情と、それからかすかに押し隠せない情欲の光を見出した。
 求められている、と感じる。
 身体も心も、瑞樹の存在そのものを欲しいと訴える瞳を見つめて、瑞樹は自分から一条の唇に口づけた。
 瑞樹が差し入れた舌を一条はあやすように受け止める。自分から仕掛けたキスに夢中になりながら瑞樹の身体は急激に熱くなっていく。
 キスをしながら互いの服を脱がせ合った。一条のネクタイのきゅっとした結び目をほどくとき、なんとも言えない背徳感のような興奮を瑞樹は感じた。指先が少し震える。
 一条のワイシャツボタンを外すのに手間取っていると、瑞樹はベッドの上に仰向けに押し倒された。
 慣れた仕種で一条は瑞樹の上半身を裸にし、瑞樹のほっそりとした首筋に顔を埋めた。
「…っ、あ……」
 鎖骨を吸われて甘い衝撃が走った。一条がまだ着たままの上質のワイシャツの生地が素肌に直接触れて、瑞樹の胸のちいさなふたつの突起がつくりとその存在を主張し始める。
 瑞樹の白く滑らかな肌に唇を這わせていた一条に淡く色づく粒たちはすぐに見つかった。
「んっ…、あっ…」
 一条の唇に含まれ、舌先で転がさる刺激に瑞樹は身悶えた。ざわざわとした愉悦のさざなみがジーンズを穿いた下半身まで波及する。
「――はぁっ、い、一条さん、…ダメっ……!」
「どうして?」
 薄赤い胸の飾りを味わいながら一条が吐息混じりに低く訊ねた。微妙な唇の動きを敏感な粘膜に感じてびくんと背がのけ反る。
「イッちゃう…っ」
「達けばいい」
 笑いを含んだ声で一条は言って瑞樹の小さな乳首を甘噛みした。
「あぁッ!」
 甘い戦慄が背筋を走り抜けて、どくんと足の付け根の間で快感がうねった。
 ジーンズの前が苦しい。
「やっ…、んぁっ」
 一条に胸を愛撫されただけなのに、まだ触れられてもいない瑞樹の茎は下着の中で硬く芯を持ち先が濡れ始めている。
 ジーンズの上から股間を揉むように一条の大きく温かな手が包んだ。
「……濡れてるな」
「やぁ…っ」
 一条は瑞樹の身体が素直に自分の腕の中で乱れるのを楽しんでいるようだった。
 ことばでも煽っておいてから一条の手は瑞樹のジーンズのベルトとファスナーへとのび、窮屈だった熱の塊を解放した。
「あぁっ、…あ、っあ――!」
 さっきまでの刺激だけですっかり昂っていた瑞樹の茎は、一条の手に数回扱かれただけでとろとろと熱い蜜を零した。
「――やっ、あっ、一条さ…っ」
 一条に下着ごとジーンズも足から引き抜かれ、手早く全裸にされてしまった瑞樹は泣き声を上げた。
「な、――んでっ…おれだけ…っ…?」
 一条はネクタイこそ瑞樹に抜かれていたが、ワイシャツの前ボタンが三個ほど外されているだけで、ほとんど着衣に乱れはなかった。
 瑞樹だけが裸に剥かれて、まるで無理矢理に犯されているような倒錯めいた感覚に襲われた。
 なのに瑞樹の茎は足の間で頭をもたげて震え、悦びの蜜を零している。
 それがものすごく恥ずかしくて、視姦されているような一条の双瞳から逃れようと身を捩ると、覆い被さってきた一条に両手首をシーツに縫い止められた。手首にわずかな痛みが走る。
「おれは――嫉妬しているんだ。おまえを抱いた男たちに……」
 一条は掴んでいた瑞樹の手首の位置を少しずらすと痛ましそうな視線を落として言った。
「……こんな痕までつけて」
 客に縛られた痕だった。
「瑞樹はおれものだけにしておきたいのに――」
 そのことばに瑞樹は胸を衝かれる思いがした。
 考えるまでもなく、一条が平気なはずなかったのだ。それでも一条は瑞樹に『戻って来い』と言ってくれた。
「もう、誰にも触らせたくない」
「――一条、さん…っ、ごめ、ごめんな…さい」
 涙で、一条の端整で切なげな表情を浮べていた顔がにじんだ。
「――泣かなくてもいい」
 優しくささやくように言って一条はシャツを肩から滑らせ、スラックスも脱ぐと自らも全裸になった。
「愛している瑞樹」
 瑞樹と同じく一糸まとわない姿となった一条が、身体を重ねながら口づけてきた。
 瑞樹の頬から唇で涙をすくい、微かに嗚咽を洩らす唇に自分のそれを押しつける。
 一条の手は宥めるように瑞樹の背骨にそって細い腰へと下りていった。
「――ぁ…っ」
 双丘の奥の窄まりを探り当てた一条の指が、そっと淡い粘膜を指の腹でなぞった。ひくん、と一条の指を感じたそこは、円を描くように揉まれるとすぐに柔らかくほぐれてくる。
「――はぁ…っ、……っ、――あぁっ、んっ、ぁんっ」
 一条の少し骨ばった長い指が挿し入れられる感触に、ぞくりとした官能が呼び起こされ瑞樹の唇からは甘い吐息が洩れてしまう。
「あぁっ!」
 中から指で直接酷く感じるところを刺激されて、びくびく瑞樹の身体が跳ねた。
 やがて二本に増やされた一条の指を容易に飲み込むようになってくると、瑞樹は指だけの刺激がもどかしく、込み上げてくる官能に切なく腰を揺らした。
「――一条、さん…っ、来て…早く……! お、お願…っ…いっ!」
 羞恥に顔を背けながらも、懇願のことばは抵抗なく瑞樹の唇から零れた。
 そのことばに一条は焦らすような意地悪はせず、指を引き抜くと瑞樹の下肢を大きく開かせて腰を進めた。一条の脈打つ熱い昂りがほころびかけた瑞樹の窄まりへとぐっと押し当て埋められた。
「――はぁ…っ、――ああぁ…ッ――!」
 深々と一気に最奥まで貫かれて、瑞樹は咄嗟に悲鳴を上げてしまった。
 しかし身体を開かれる苦痛は一瞬で、奥まで一条の雄でいっぱいに満たされる充溢感と苦痛を凌駕する強烈な快感に、瑞樹は幸福のあまり目眩がした。
「――瑞樹……」
 瑞樹の中に深く自信を埋め込んだ一条が、切なげな声で名を呼ぶと抽挿を始めた。
「あぁっ、ぁんっ、――ああっ……っ、ぅん、あ…っ…、んぁっ、あぁっ!」
 一条の逞しい切っ先が容赦なく瑞樹のポイントを抉り、瑞樹は喉から悲鳴めいた嬌声を迸らせた。
「――はぁっ…ぁん、あぁ…ん、…あうっ、あぁッ……」
 律動を刻む一条の腰の動きに合わせて、瑞樹の甘やかな喘ぎ声が艶を増しながらベッドルームの空間に反響する。
 ぎりぎりまで引き抜かれては力強く突き戻されて、瑞樹は髪を乱しながら振り落とされまいと助けを求めるかのように一条の身体に腕を縋りつかせた。
「――い、一条さ…んっ、あぅっ、は…っ、あぁあ――ッ……!」
 長く尾を引く掠れ声を上げて瑞樹が達すると、少し遅れて絶頂を迎えた一条が瑞樹の中を熱く濡らしていくのだった。
 
 
 シーツの波間でまどろんでいると、手首に残る擦り傷に、そっと一条が口づけた。
「もう、どこへも行くな」
 呟くように一条は言った。
「――どこへも行かない。……ずっと一条さんと暮らしたい」
 瑞樹がそう答えると、ほっとしたように微笑む気配があった。そのまま瑞樹は一条の素肌の胸板に抱き寄せられる。
 温かな水辺のようだと思う。きれいな浅瀬の中、緑鮮やかな水草が揺らいでいる。瑞樹はいま小さな熱帯魚になって、心地のいい水の中へと泳ぎ出していく。

■ END ■