傷に、触れる
２
「ん…っ、ぅ…、…っ……」
股間に顔を埋めた冴島が、満澄のモノを咥えると、ことさら濡れた音を立てながら舌で丁寧にくびれをなぞり、こちらを見すえながら先端から滲みだす蜜を舐め取る。
冴島の乱れた前髪の間から覗く双眸が、卑猥な熱を帯びて満澄の意識を絡め取る。
じっと見つめられるだけで、身体の熱がじわり、と上がる気がする。
すぐにイかせる気がないのは、冴島がきつく満澄の根元を押させていることから明らかだった。
焦燥感に似た熱が体中を廻って、逃げ道を捜して身悶える。
「…っ、冴…島っ……」
苦しくて名前を呼ぶのに、冴島はまるで聞こえないかのようにきれいに無視して、さらに満澄に嗜虐的な愛撫を加える。
「あ…、…っ……、うっ…、く……ッ！」
苦し紛れに、満澄の指が冴島の髪をつかんで引き剥がすのと、満澄がモノが弾けるのはほぼ同時だった。
頬にも散った白濁を、冴島は自分の親指の腹でぬぐって、唇に含んだ。
息を乱している満澄に口づけ、ひとしきり貪ってから、満澄の濡れた唇を指でなぞった。
「…っ…ぁ……」
冴島の意図に気づいて、歯列を割って差し入れられた指を、満澄はされるがままに舐った。
頃合いを見計らって、満澄の口から唾液を絡めた指を引き抜くと、わき腹を撫で下ろすようにして満澄の下肢へと忍び込ませる。
「……っ」
まだつつましく閉じている口につぷりと指を埋められて、思わず満澄は眉をしかめた。
「痛いか？」
低い声で訊ねられて、目を閉じたまま満澄はゆるく首を振った。
痛いわけではない。
きっともう、満澄の身体は冴島に馴染んでしまっている。
ただ、いつも、その先にあるものを予感させられるこの瞬間に、ざわりと鳥肌が立つような、戦慄にも似た言いようのない興奮を感じる。
これが快感なのかどうか、いまだに満澄には判然としない。
「ん…っ…ぁ……うっ…ぁ……」
しかしすぐにそんな戸惑いは過ぎ去って、丹念に解してくる指の感触に唇を噛み締め声を殺すしかなくなる。
どこをどうすれば満澄が感じるのか、……憎らしいくらいよく知っている指だった。
「ああぁっ」
弱いところを抉るように刺激されて、危うい声が喉をついた。
中をかきまぜるように探られ、指を束ねて出し入れされると、そこから粘着質の音がした。
閉じられていた道が拓かれ、冴島の指を迎え入れるようにぜん動し始める。抜かれるたびに引き止めるかのように絡みつき、熱を持って蕩けていく。
柔らかくなっていくにつれて、指だけでは物足りなくなってくる。
「あ…っ………」
抜かれようとする指に追いすがるように腰を押し付けてしまい、冴島がかすかに苦笑するのがわかった。
「あんたが欲しいのは……コレ…だろ……？」
「――あ…、はぁっ………」
ほころびかけたそこに熱く脈打つ大きなモノを押し当てられ、我知らず浅ましい吐息がこぼれる。
「……欲しい、って…言えよ……」
ささやき声が唆す。
「あ……」
それでも羞恥から唇が震えてしまう。
欲しい、と口にできない満澄を試すように、押し当てられていた塊が、つと離される。
「あぁ…ッ」
焦って見返した双眸は楽しそうにすがめられていて、こちらの反応を面白がっているのがわかる。
「……く…っ」
悔しいけれど、もう……抗えなかった。
「欲し…っ…」
掠れた声で懇願する。
「――何が？」
今夜の冴島はとことん意地悪だった。
「…おまえの…っ…――」
「おれの……？」
冴島は素知らぬ顔をして訊ねる。
「…ッ！」
これではまるで、満澄がひとりで欲しがっているかのようだ。
涙目になってにらむ満澄に、冴島は微笑をひらめかせた。
「――おれの……何だ…？ ちゃんとわかるように……言ってみろよ」
「…お……おまえの…×××を……、…おれの×××に…××してくれ…ッ…！」
うわずった声で、冴島の望む通りのはしたない言葉を吐いた満澄に、冴島は極上の笑みを浮かべて言った。
「……わかった」
両膝抱え込み、冴島は満澄の身体をふたつ折りにするかのように強く引き寄せる。
「ひぁ…っ、ああぁぁ――ッ！」
次の瞬間、打ち込まれた楔の衝撃に、満澄は背中をのけ反らせ声を上げていた。
ずんっ、と大きく突き上げてから、腰を揺すり上げる。
「ああぁっ」
激しく局部が収縮して、冴島を締め付けた。
「う…」
と、冴島が小さくうめく。
冴島の両手が腰をつかんで、さらに深く、強く、満澄の身体に楔を喰い込ませる。
「あっ、あぁっ、あっ…、あ、…あぁっ、あっ、あぁッ！」
猛々しく抜き差しされて、身体を揺すられ、せっぱ詰まった喘ぎ声を散々上げさせられる。
しかし、こんな風に扱われる羞恥こそ感じても、なぜか屈辱感はなかった。
それがなぜなのか、満澄にはわからない。
……わからないまま、蹂躙され、貪り尽くされ、声が出なくなるまで叫ばされる。
――この男が、……ただ、愛(いと)しかった。
「……社長？」
その朝、事務所でこちらの顔を見るなり間宮が言ったセリフを聞き逃して、満澄は眉を寄せた。
「いまなんて――」
「別れろ、と言ったんだ」
デスクの間宮は、メタルフレーム越しの切れ長の双眸をじっと満澄に向け、きわめて事務的に言い放った。
「あの男と……冴島とは別れろ」
「…っ！」
「これはスーパバイザーとしての命令だ」
「…ッ……」
満澄は唇を震わせ、無言のまま立ち尽くした。
間宮が『組織』の『スーパバイザー』として「別れろ」と満澄に命令した以上、もう満澄にそれを拒む権利はない。「なぜ？」と、疑問を差し挟むことも不可能だ。
『実行係』の満澄にとって、『スーパバイザー』の命令は絶対だった。――とはいえ、満澄だって間宮とのつきあいはだてに長いわけではない。
「――間宮先輩。……理由を、聞かせていただけないでしょうか……？」
『スーパバイザー』と『実行係』ではなく、社長とその右腕でもなく、満澄はふたりの関係の中で、もっとも個人的な間柄のスタンスで問いかけた。
口調を改めて訊ねた満澄に、冷徹なスーパバイザーの顔をしていた間宮の表情がふと揺らいだ。
「満澄…」
「先輩、どうしてですか」
畳み掛けるように食い下がると、満澄に対して向けられていたポーカーフェイスにわずかな亀裂が入った。
「冴島が、警察にマークされている」
間宮は諦めたようにため息をついてから言った。
「えっ…」
「新宿署の神埼という刑事だ」
「神崎？」
満澄が知らない名前だった。
「あの男は…、マズイ」
と、間宮はわずらわしそうに眉をひそめる。
間宮にマズイなどと言わせる男って、一体どんな奴なんだ……？
思わず首をひねってしまう。
「いっそ消すか」
呟いた間宮に、ぎょっとして満澄は目を向けた。
「――社会的に、という意味だ」
わかってはいたが、間宮の冷静な口調は少し怖い。
「だが、そんなことでこちらの『組織』を使うわけにもいかないだろう？ ……だから、おまえが冴島と別れろ」
「………」
話は、あっさりと振り出しに戻ってしまった。
「……冴島はこのことを――」
「さあな。あの瀬川が気づいていないとは思えないが」
ふいに満澄は、冴島が言っていたことを思いだして複雑な気持になる。自分が余計な心配をしなくても、瀬川ならば冴島を見捨てるようなことはないだろう。
想像するに、冴島にとっての瀬川は保護者のようなものではないだろうか。あるいは理解者。たとえば……、父親のような。
もちろん瀬川と張り合う気など満澄にはない。
こちらの組織と照らし合わせるのなら、瀬川はおそらく『コントローラ』の藤森に匹敵する立場の人間だった。単なる実行係の自分とは次元の違う立ち位置にいる男だ。
ただの手駒であるという立場からすれば、冴島も満澄となんら変わるものではない。この点だけは満澄は冴島と同等だと考えている。
ならば、瀬川にとって冴島の存在は、かなり特殊だといえるだろう。
本来『消耗品』であるはずの実行係に、何か特別な思い入れがあるのだとすれば……。
冴島と瀬川の関係について自分が口をさしはさむことではないと思う一方、満澄にどこか割り切れない気持があるのは確かだった。
嫉妬、とは違うだろうと思う。
――そんな単純でわかりやすいものではない。
もっともやもやとした、どこか割り切れない気持は……。
――羨望……か。
ふと満澄は思い当たった。
おれは瀬川が羨ましいのか……。冴島のことを全て知っている瀬川という男が。