■ 壊されてもいい 6 ■

 

  端整な顔の男っぽい眉を不機嫌そうにひそめてこちらを見ている。
「こんなところで油を売っていられるほど編集部は暇なのか?」
「おまえの顔がどうして見たくて待ってたんじゃないか」
  余裕の軽口をたたいて高枝は笑った。
「ゲラさえ手に入れれば、今日のところはもう用なしだろ」
「まあな。あと、次回のプロットの方もよろしく」
  封筒を手にすると高枝はソファから立ち上がった。
「陸海くん、お茶とラスクごちそうさま。おいしかったよ」
  そう言って、高枝は会社に戻っていった。
  あとには微妙に気まずい空気をまとった陸海が、水城とふたりきりで残された。
「あ、あの、夕食の準備しますね」
「陸海くん」
  慌ててキッチンに行こうとすると、水城に呼び止められた。
「まだ夕食の準備には早いから、そこに座って」
  普通の声の大きさだったのに、びくりとして陸海は動きを封じられた。水城の指し示すソファに戻って黙って腰を下ろす。
  水城の声の感じには、何かとても抗えないものがあった。
  陸海のすぐ横に立ったまま、水城がこちらをじっと見下ろす。
  思わず唾を飲み込んで、陸海は上目遣いに男と視線を交錯させると、訳のわからない戦慄が背筋を走り抜けた。
「おれがきみに手を出さない理由が知りたいか?」
「っ…!」
  水城からはすでに不機嫌な表情は消えていて、意識的に感情を押し殺して平静を保っているような顔つきだった。
  相手がこちらの返事を待っていることに気づいて、陸海はぎこちなくうなずく。
「本当に……?」
  真剣な眼差しの水城にもう一度確認するように訊ねられて、陸海はなんだか知るのが怖くなったが、好奇心には勝てなかったし、いまさら後戻りできないとも思った。
「知りたいです」
「そうか」
  と、応じると、水城は硬い表情でキッチンの方へ歩いていき、タオルを一本持って戻ってきた。
「……?」
  何をするつもりだろうと、ソファから見上げていると水城は言った。
「立って、服を脱ぎなさい。全部だ」
「えっ……?」
  耳を疑っていたら反応が遅れた。
「わたしの言ったことが聞こえなかったのか? 裸になれと言っている」
  有無を言わさない口調に、弾かれたようにソファから立ち上がって、しかし呆然と固まったまま、陸海は指一本動かすことができなかった。
「陸海、わたしは気の長い方ではない。早くしなさい」
  水城は冷静そのもので、とても冗談で言っているようには見えなかった。
「………」
  まなじりが切れそうなほど両の眼を見開いて、陸海は水城の男らしく端整な容貌を見つめた。
  自分の前に立って、理不尽な命令をしているのは間違いなく水城そのひとだったが、陸海には別人なのではないかと思えた。
  奇妙な想像だが、水城が何かの拍子に姿かたちが代わることなく、中身だけが何か黒くて邪なものに乗っ取られたかのような。ひとを誘惑する美しい容姿と、ひどく淫らで、抗いがたい魅力を持った、たとえば悪魔の化身のような――。
「もう二度とは言わない。陸海」
  その瞬間、反射的に陸海はTシャツの上にはおっていたシャツを脱ぎ捨てていた。夏のことなので続けてTシャツも脱いだら上半身は裸になった。鳥肌が立って、寒いわけでもないのに申し訳程度の小さな乳首が硬く縮こまっていた。
  眼を閉じたまま自分のジーンズに手をかけ、手探りでベルトを緩めて下着ごとおろすと両脚から抜いてソファに投げ出した。
「………」
  顔を上げることはできなかった。
  全裸でうつむいたまま、陸海はソファの前で立ち尽くす。
  眼をつむっていても、水城の鋭い視線が全身をちりちりと焦がしていくのがわかった。
  羞恥に紅潮させた頬を撫で、首筋をなぞって鎖骨をかすめ、淡く色づいた乳首を舐め、あばらが薄く浮いた脇腹をさすって腰骨を通り過ぎると、やがて両脚のあいだの茂みと、その中心で震える若い茎にじりじりとした圧力をまとった視線が絡みついた。
「あぁ……」
  鼓動が激しく打って、息苦しさに思わず唇を喘がせたら、甘ったるい媚びるような声がこぼれ落ちた。陸海はまさかそれが自分の声だとは思わなかった。
  どうか次の命令を――。
  永遠に続くかと思えるほど長い間があった。それとも、それはほんの数秒間だったのか。
「こちらに来なさい」
  ゆっくり眼を開くと、微笑を浮かべている水城の姿が飛び込んできた。声に操られるかのように、ふらふらと歩を運んで、ソファを背にした水城の目の前に全裸で立った。
  広いリビングはソファセットを離れるとゆったりとした空間が開けていて、何も身に着けない状態で立つことは非常に心もとなかった。空調を効かせたリビングのフローリングは素足にひんやりとしている。だが身体は熱かった。
  素っ裸で立たされているのに、ふつふつと身体の芯が沸騰している。水城の冷静な視姦に反して、沸点はどんどん上がっていく。
  立っているので精一杯だと、陸海は朦朧とする意識の中で思った。
  水城が金属音を立てて自分のスラックスからベルトを引き抜いた。思わずごくりと陸海の喉が鳴る。
「あぁっ!」
  水城は素早く陸海の背後に回ると、後ろ手に陸海の手首を乱暴にねじ上げ、ベルトでくくってしまった。
「……う」
  ぎりっと手首に革のベルトが食い込んで痛んだ。冗談などではなく、水城はかなり本気で縛り上げたようだ。
「先生……何を……?」
  助けを求めるようにかすれた声で訊ねたが、水城は顔色ひとつ変えずに今度はさっきキッチンから持ち出したタオルを手にすると、無造作に、だが、しっかりと陸海に目隠しを施した。
「先生……」
  まだ外は明るい時刻なので、白いタオル地を通して光を感じることはできる。けれども水城が何をしようとしているのかは、もちろん陸海にはまったく見えない。
  陸海の背後にはひそやかに呼吸をする男の存在がある。そこにあるのは血と肉をともなった生身の身体だった。それを考えた刹那、全身がぶるりと震えた。
  水城との間に不可視の透明な触手があって、陸海の体中に絡みつくようだった。
「陸海」
  聞こえた声はひどく優しげだった。これまで一度も陸海が聞いたことのない水城の声色だ。
  陸海には見えない水城の指先が、背後からそっと頬に触れた。
  ぴくりと驚きの反応を返した陸海をなだめるように、水城の指は首筋をなぞって、さっき感じた視線のように鎖骨をかすめる。
  優しい指先に思わず羞恥も忘れてうっとりと身を預けそうになったとき、前触れもなく小さな両乳首を同時にひねりあげられた。
「ひっ!」
  鋭い痛みにのけぞって、思わず逃れようとしたら、今度は容赦なく爪を立てられる。
「……い、痛……、あ、あぁ……!」
  乳首をくびり切られそうな痛みに全身をこわばらせ、抵抗を試みるが、思いのほか水城の腕の力は強く、目隠しをされ、ベルトで後ろ手に拘束された状態では、その場で倒れないようにバランスを取るだけで精一杯だ。
「あ、先生……、い、痛……、あっ、あぁ……っ」
  なぜ水城が自分をこんな目にあわせるのか、訳がわからず混乱して、いつの間にか泣きながら許しを請っていたが、水城の加虐の手は緩まなかった。
  目の奥で火花が散るような痛みがやがて飽和すると、身体の芯を焼くような感覚がどこからともなく湧き上がってきた。
「あっ、あっ……」
  陸海が痛みだと感じていたものは紙一重で、いつの間にか何か別のものに変貌を遂げていた。
  水城の大きな手は陸海の薄い胸をもみしだき、弄りまわされて赤みを増した乳首をぐりぐりとこねては爪を立て、引きちぎりそうなほどに虐める。
  しかし、たったいま陸海が感じているのは、熱のようなものだけだった。
(熱くとろとろと身体の芯を溶かしながら湧き出てくるものは何だろう?)
  熱に浮かされた頭で、ぼんやりと自問した。
  解け崩れているのは陸海自身だろうか。
  全裸に剥いておきながら、水城は陸海の股間で震えるモノには、いまだ手を触れていなかった。
  だが、目隠しをされたままひたすら乳首をいたぶられ、苦痛と、訳のわからない熱に苛まれて、当の陸海は自分の身体の状態を客観的に把握できる状態でもなかった。
「こんなにひどくされて、感じているのか? もうこんなにして」
  背後からふいに耳朶に吹き込まれた言葉に、陸海の全身は総毛だった。
  これまで無言で陸海をなぶっていた水城の指が、股間の茂みを探って、まだ青さの残る果実の裏筋をなぞった。


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