■ 壊されてもいい 8 ■

 

  鎖の端は大きなベッドの脚にくくりつけられて、陸海は犬のように床に這わされた。
  それからサイズの違うプラスチックの玉が繋げられたアナルビーズを持ち出すと、小さな玉の方から順番に、次々と陸海の体内へ押し込んだのだった。
  狭い入り口を抉じ開けるように突っ込まれた異物は、ごろごろと直腸の中で存在を主張した。
  それが快感か、苦痛か、どちらなのかと問われても、とっさに陸海には判断できない感覚だったが、何度も水城の手によって執拗に出し入れされると、「抜いてください」と懇願せずにはいられなくなった。
「かわいいね、陸海。だけどわたしに指図するのは許さないよ。きみはわたしの奴隷なのだから。生意気な口がきけないように、その声を封じてあげよう」
  水城はどこからかボールギャグを取り出すと、中が空洞になって表面に穴の開けられたボールの部分を陸海の口の中に押し込み、陸海が吐き出せないよう頭の後ろで付属のベルトをしっかり固定してしまった。
「うう…っ、うっ……」
  緘口具に舌を押さえ込まれ、口を開けたまましゃべれなくなった陸海は、涙をこぼしながら必死に水城の顔を仰ぎ見た。
  男らしく端整な容貌には、酷薄な笑みが刻まれている。
  こんなみだらなことをこちらに仕掛けているのは水城自身なのに、喘ぎ乱れる陸海をさげすむような冷たい理知的な視線で、ちりちりと陸海の羞恥心を煽っていく。
「う……っ」
  さらに涙がこみ上げてきて、陸海は嗚咽を洩らした。飲み下せない唾液がみっともなく口の端をつたって顎に流れる。
「本当にきみはいやらしい子だ。こんなおもちゃで感じてしまっているのか? 正真正銘のバージンだというのに、これほどまで下の口でおいしそうに咥え込むとは……」
  あざけるように言って、水城は陸海のそこが飲み込んでいたアナルビーズをぞろりと引き出した。
「ううっ」
  体内から無理やり括約筋を押し広げ、半硬質プラスチックの玉がひとつ吐き出される快感に、びくりと股間が反応する。
「まだイってはいけないよ」
  水城は陸海の尻を撫でながら、今度はビーズをつないでいる紐のリングを勢いよく引っ張った。
「ぐっ、う……っ!」
  押し込められていたビーズが立て続けに排泄感とともに取り出され、その刺激であっという間に陸海は前を爆ぜさせていた。
  ちっと、小さく水城が舌打ちをした。
  普段の水城はそんな下品な真似はしない。これは陸海をいたぶる演出のために、わざとやっているに違いなかった。
「まだイってはいけないと言っただろう」
  凄みのある低音で水城はささやいた。
「今度こんな粗相をしたら、きみのココにバンドをはめて、パンパンに腫れあがったココが腐って落ちるまで放置するよ?」
  本気に聞こえる水城の言葉ぞっとすると同時に、その状態を想像したら、甘美な戦慄が陸海の身体の芯を走り抜けた。
  びくんと両脚の間で、イったばかりのはずのモノが反応してしまう。
「まったくどうしようもないな」
  心底呆れたようにつぶやかれ、悔しくて目じりから熱い涙がこぼれた。
「お仕置きが必要のようだ。わたしは原稿の続きをしてくるから、きみはここで反省してなさい」
「うぅ……っ」
「そんな憐れっぽい眼をしても、わたしには無駄だよ」
「うっ、うっ、うぅっ!」
  体内から引っ張り出したアナルビーズの替わりに、ベッドサイドの引き出しから精巧にペニスを模した極太バイブを取り出すと、ローションをたっぷり塗りつけ、水城は陸海の際奥まで強引に押し込んでスイッチを入れた。
「うう…っ、ううっ、ううぅ……っ!」
  中を割り拓かれる強烈な圧迫感と、耳障りな音をともなって、鋭敏な振動が陸海の身体の中に沸き起こる。奇妙なグラインドをはじめた無機物に、敏感な箇所を手加減なく抉られて、陸海は声も出せないまま絶叫した。
  ガシャガシャと陸海の首輪とベッドの脚を繋ぐ太い鎖が、むなしい金属音を立てる。
  拷問のような快感にもだえ苦しむ陸海に、水城は肩越しに冷笑を含んだ一瞥を投げ、寝室を出ていってしまった。
  涙と鼻水とよだれまみれになって、うつぶせにうずくまる格好で寝室の床に頬を押し付けた陸海は、無様このうえなかった。
  バイブが挿さった尻を突き上げ、こらえ切れない快感から腰をうねらせながら、後ろ手にはめられた革の拘束具のお陰で、股間でいきり勃った自分のモノは慰めることがかなわない。
  自由の利かない両手の代わりに身体を支えている肩がひどく痛む。
「う…っ、ううっ……」
  嗚咽を洩らしながら、苦痛と快感が入り乱れた狂気の坩堝の中で翻弄される。
  この状態でどれほどの時間放置されるのか、陸海には想像がつかなかった。
(このままよがり狂って、死んでしまうかもしれない)
  いっそ死んでしまえたら楽になれる。陸海の理性のかけらがつぶやいた。
「――陸海くん、よく頑張ったね」
  どのくらい経ったかわからない。意識が混濁した陸海がうっすらと眼を開けば、端整な水城の顔が間近にあった。
  優しくつぶやいて、水城は陸海を起こすと、首輪と拘束具を外し、口からボールギャグを取り出して抱きしめてくれた。
  気づけばバイブはすでに抜き取られていたが、散々中をかき回されて、力の入らない陸海のそこは、甘く緩んで、だらしなく口を開いているようだった。
「あ……」
  しかし、いとおしいひとの腕と体温を感じると、陸海の心の中にわだかまった重いものは、またたくまに氷解していく。
  重くわだかまっていたものの代わりに、新たないとおしさがその空隙を埋めていく。
「シャワーを浴びておいで。そうしたら今日はもう帰っていいよ」
「はい……先生」
(せめてキスして欲しい)
  ただそのひとことが、どうしても言えなかった。

 

 水城はまるでふたつの仮面を使い分けるように、陸海の目の前で態度をたやすく豹変させる。それはあたかも早変りの舞台俳優でも見ているかのようだ。
  ひとつは、分別も思いやりもある大人の男。
  そしてもうひとつは、鬼畜で冷酷なサディスト。
  厄介なことに、陸海はその両方にどうしようもなく惹かれている。彼のスイッチが切り替わる瞬間にことごとく魅了されてしまう。
「わたし」と自称する水城に手酷く痛めつけられた後、その同じ手が「おれ」と自称して陸海を慰撫するのだ。
  あるいはその逆、優しい指がふいに爪を立てて感じやすい小さな乳首をひねり上げ、喉から悲鳴をほとばしらせる陸海を、「わたし」の水城は面白そうに睥睨する。
  そうして気づけば、「許して」と泣きながら痛みの中に散りばめられた明らかな快感を、無意識にかき集めている自分がいる。
  ぞくぞくとした戦慄が背筋を貫き、さげすむ双眸に胸を焦がされながら、被虐の内に悦びを感じてしまう。
  水城に出会ってから、自分はすっかりおかしくなってしまったと陸海は思う。それとも、水城から指摘されたように、もともと自分はマゾの変態で、単に水城に素養を見出されただけなのだろうか。
  陸海は水城に虐められた後、快楽に力の抜けてしまった身体で、いつもひどい自己嫌悪に襲われた。
(だけど、やめられない)
  水城だから、自分を虐めるのがほかならない好きな男だったから。それを与えてくれるのが水城だったから。
  陸海は、羞恥と苦痛との葛藤の先に、眼も眩むような快感が横たわっていることを知ってしまったから――。
  しかし、陸海は水城が自分を責めるのは恋愛感情からではないと思う。
  その証拠に、水城は一方的に陸海をいたぶるだけで、一度も自分のペニスを挿入することはなかったし、陸海に奉仕させることもなかった。
  陸海は水城とまだキスすらしたことがない。
  水城の裸を陸海は見たことがなかった。いつも全裸になって拘束されるのは陸海だけである。
  陸海とのアレは、水城にとっては単なるプレイに過ぎないのだ。
  それでも自分は水城が好きだ。水城にだったらひどいことをされてもいい。無抵抗な生贄のように、この身体を投げ出すことができる。
  うずく胸の痛みを感じながら、そう陸海は自分に言い聞かせた。


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