桜流しの夜 4

「や…っ、ああぁ――っ!」
  焦って逃げようとする僕の身体を押さえて、鬼頭さんは根元に指を絡めながら先端の割れ目を舌でつつく。
「いやぁ、あ、あ…っ、あ、あぁ……!」
  指では巧みにしごかれ、裏筋に舌を立てながら吸われて、僕はあっという間に絶頂に追い上げられて弾けてしまった。
  僕が出した蜜を舐め上げて、顔を上げた鬼頭さんは雄の匂いを放って壮絶に色っぽかった。僕は恥ずかしくてしょうがないのに、鬼頭さんの濡れている男っぽい唇から目が離せなくなる。
「響――」
  じんと、下半身にひびくような声でささやくと、鬼頭さんは右手の人さし指で僕の唇のラインをなぞった。
  その仕種の意味に気づいて僕が唇を開くと、鬼頭さんの指が二本滑りこんできた。
  鬼頭さんの大きな手の、節のある長い指を僕は味わうようにしゃぶった。舌と唾液を絡めながら、僕は鬼頭さんの目を見つめたままだった。
「………」
  鬼頭さんは少し笑ったように目を眇めて、僕の唇から指を抜いた。
  両足を大きく割り開かれて、また頭をもたげ始めていた僕の中心が鬼頭さんの視線にさらされる。羞恥から思わず身をよじろうとするのを押さえて、下肢の奥へと鬼頭さんの手が伸ばされた。
「んっ……!」
  濡れた指先で入口を押し開かれる感触に、感じやすい粘膜がひくひくと痙攣する。
「う…っ、くっ――」
  指が一本、僕の中に挿し入れられた。
  痛みはなかったけれど、中を拡げるようにかきまぜる指に、僕は唇を噛みしめて耐えていた。
「ひっ、あぁぁ――っ!」
  鬼頭さんの指が僕の中の弱い所をぐりっと抉った。僕の中心はものすごく感じてびくびくと震えながら蜜をこぼしている。
「はっ、う…」
  二本めの指がぎりぎりまで深く埋められて、僕は髪を振り乱した。
  茎を愛撫されながら指をえぐるように出し入れされ、それだけで僕はまた、イってしまいそうになる。
「…き、鬼頭さ…んっ――、お、お願いっ……!」
  じりじりとした熱がわだかまって、身体の中から焼かれるような快感が狂おしく出口を求めて僕の中で暴れまわっている。
  鬼頭さんはきっと僕の身体を傷つけないようにしているのだった。焦らすつもりではないだろうけど、早くっと、僕は必死になって鬼頭さんの身体に腰を押しつけた。
  ふっと息で笑って鬼頭さんは僕から指を引き抜くと、まるで凶器のように大きく育っていた自分のモノに手を添えて僕の入口に押し当てた。
「ああっ……!」
  その大きさと熱さに僕は一瞬目眩がした。ぬるりと入口をそれで擦られて、思わず物欲しげな吐息がもれてしまう。
  と、鬼頭さんがぐっと腰を進めてきた。ずぶりと先端が僕の中にめり込む。
「…っ、あ…あぁ、…ああぁぁ――っ…!」
  一気に貫かれて悲鳴を上げてしまう。ずぶずぶと大きなモノが僕の身体を開きながら入ってきた。熱く脈打つそれに、僕の中の粘膜は狂喜したように絡みついていく。
  膝裏を抱えられて腰を揺すりあげると、鬼頭さんの凶暴なまでの昂りは信じられないことに全部僕の中に収まった。
「はあ…っ、…………」
「息をしろ」
  掠れた声で命じられるまで、僕は衝撃のあまり息をつめたままだった。
  ぎりぎりまで鬼頭さんの楔を含まされた僕のそこは、もうはち切れそうだった。
  繋がったところを中心に、熱くて焼けつくような快感が脈動と共に全身から噴き出すようだ。
「動くぞ」
  宣言されて僕は目を閉じた。直後に迸るだろう嬌声にそなえて、唇をうすく開いて――。

 僕が意識を取り戻したのは明け方近くだった。鬼頭さんに抱きかかえられるような格好で眠っていた僕は、鬼頭さんを起こさないようにそっとベッドから抜け出した。
  ベッド脇の床からシャツを拾い上げるとき、下肢奥から僕の中に鬼頭さんの出したものが伝い下りて太股を濡らした。
  素肌にシャツだけをはおって、僕は広いリビングに歩いていった。フローリングの床が素足に少し冷たい。
  雨はやんでいて、大きなガラス窓の向こうは蒼く明けかけていた。見下ろすと公園の桜はまだ散っていなかった。
  昨夜はあんなに雨に叩かれたのに、はらはらとさかんに花びらを散らしながらも、桜並木は夜明けの気配の中で白く淡く咲き誇っている。
  僕はしばらくそこで立ったまま桜を見つめていた。以前よりも、桜が嫌いでなくなっているような気がした。

 

 

第2章 葉ざくら

「僕って、鬼頭さんのなにかなあ?」
  榊に買ってきてもらったランチのピザにかじりつきながら、僕は訊ねた。
  ダイニングテーブル越しの榊は強面に困ったような表情を浮べた。
  鬼頭さんが忙しくて僕にかまっていられないときは、榊がマンションに来てくれて、ついでに僕と顔を突き合わせて一緒に食べていることが多かった。
  最初のうち榊は僕に遠慮しているようだったけど、僕がどうしてもとすすめたからだ。ひとりで食べるより誰かと一緒の方がいい。
  鬼頭さんのマンションから見おろせる公園の桜並木は、いまではすっかり花びらを落とし、かわりに若葉色も鮮やかな葉桜になりかけていた。

「舎弟とは……違うよね」
「――その、……オンナ、では?」
  ちょっと言いにくそうに、それでもはっきりと榊はその単語を口にした。
「やっぱそうか」
  そうだろうなと、自分でも思っていて訊ねたことだったから、榊の返答に失望はしなかった。
  僕、鬼頭さんのオンナなんだなぁ……。
  本当は恋人とか言ってもらいたかった気がする。
  …ってことは、『青山』さんや『四ッ谷』さんとは、ライバルってことになるのか。
  でも僕は男だし、『青山』さんや『四ッ谷』さんには会ったことはないけど、きっときれいな女のひとたちだろうから、最初っからぜんぜん競争にならないよなあ。
  僕が黙り込んだのを見て、榊が心配したようだった。
「鬼頭さんにとって今は響(きょう)さんが一番ですから」
  慰めるように言われて、僕はうれしいのかどうかわからなかったけれど、何だか胸が波立った。
「ありがと。……榊って、優しいんだね」
  鬼頭さんに腕っぷしの強さと、その強面に似合わない気配りのよさを買われているらしい榊は、照れたのか眉間にしわをよせて咳払いをした。
「そんな、わたしは鬼頭さんと違って学もありませんし、粗忽(そこつ)ものですから」
  二十代なかばのはずの榊は、歳のわりにオヤジくさい言葉遣いをする。
  そこつもの、ってどういう意味なのか僕は知らないけれど、たぶん榊は自分のことを謙遜しているんだろうな、と僕は思った。
  そのときテーブルの上で榊の携帯電話がランプを点滅させながら震えた。
「すいません」
  と、僕に断って榊は素早く電話に出た。
  どうやら電話の相手は鬼頭さんのようだった。
「…はい、――はい、わかりました」
  と、榊は自分の携帯を僕の方へ差し出した。
「鬼頭さんからです」
  僕が電話を代わると鬼頭さんのさびを含んだ声が聞こえた。
(響か? 今晩は外で一緒に食事をしよう。夕方、榊を迎えにやらせるから、おりこうして待ってるんだぞ)
  おりこうしてって、……僕はそんな子供じゃないのに。鬼頭さんの声を聞いたら気恥ずかしい気持になってなんだかお尻がむずむずした。
「わかった、待ってる」
  僕はちょっとぶっきらぼうに答えてしまった。くくっと喉の奥で鬼頭さんが笑い声を立てたようだった。
  携帯を榊に返すと、榊は鬼頭さんに呼ばれて会社に戻っていった。

 夕方鬼頭さんを榊が運転する車で迎えにきて、僕が連れていかれたのはこじんまりした割烹料理店だった。鬼頭さんはどうやら和食党のようだ。
「初ガツオにはまだ早いかな?」
  奥の座敷きに腰を落ち着けた鬼頭さんは、愛想よく現れた女将に訊ねた。
「きょうは駿河湾沖のいいのが入ってますのよ」
「じゃあたたきにしてもらおうか」
  満足そうに言って、鬼頭さんは他にも旬のタケノコやらなんやら、いろいろと料理を注文した。
  僕は好き嫌いはなくて何でも食べるから、それを知っている鬼頭さんが適当に頼むのだった。
  鬼頭さんは女将が注いでいったビールの小さなグラスを一気に飲み干して、ふうっと息をついた。
  すかさず榊がビール瓶を手に鬼頭さんのグラスを満たす。
  榊は車を運転するからいつも飲まないけれど、実際あまり酒には強くないらしく普段から飲む習慣はないようだった。
  僕は未成年だから……というより、やっぱり榊と同じで体質的にアルコールはダメだった。
  以前、客に無理やりカクテルを飲まされ、べろべろになった僕は連れ込まれたホテルで滅茶苦茶されて、散々な目にあったことがある。それ以来僕はアルコールには手を出さないことにしているのだ。

■ NEXT ■