ゼロの距離

 カレンダーが九月に変わると、発表会に向けた芝居の稽古の更に密度は増していき、今や晃の生活の中心となっていた。
 晃はリーダーとして、忙しいバイトの隙間をぬって連絡を密にしてメンバーを集め、少しでも多くの練習時間を取ろうと苦心した。お陰で回数を重ねるごとに、メンバー五人の芝居の呼吸はぴったりと合うようになってきており、晃は確かな手ごたえを感じて始めている。
 ――今までで一番の出来かもしれない……。
 過去に何回か発表会を経験している晃だったが、今回のようにわくわくするような仕上がりになったことはなかった。
 ――いける……!
 そんな感触があった。
 岬と過ごす時間もおのずと増えていた。レッスンだけで顔を合わせていた頃と違って、一緒に芝居を作り、議論を交わし、息遣いをすぐ近くで感じるにつれ、晃は岬の存在感の大きさを実感するようになっていた。
 劇中で岬の芝居を受け止め、視線を絡めて、気持ちを動かす。そんな作業が、岬の些細な仕種や目つきが、なぜか言い様もない高揚感を晃にもたらした。
 
 
「はい。――いいでしょう」
 本番と同じように、通しで一度も止めずに晃たちの芝居を見ていた水無瀬が満足そうに言った。
 それぞれの立ち位置にいた晃と岬、それから石井、森尾と里中の全員が、その声の方へ注意を向ける。
「明日のリハーサルは何時からですか?」
 椅子に足を組んで座っていた水無瀬が晃に訊ねた。
「夕方五時からです」
 発表会の本番はいよいよ明後日だった。会場となるAスタジオに舞台を設営してのリハーサルが今日から始まっていた。
 晃たちのグループは明日の夕方だった。本番に向けて照明と音響の確認をして、舞台の暗転時に立ち位置や大道具の位置がわかるよう夜光テープで印をつける、バミリといったような作業があった。
 音響と照明は同じクラスの研修生が担当してくれている。明日のリハーサルでは一連の動きを通しで確認して、本番を迎えることとなるのだ。
「では稽古はいまので最終ということにします。明日のリハーサルはもちろん僕も来ますのでよろしくお願いします。お疲れ様でした」
 淡々と水無瀬が稽古の終了を告げた。
「お疲れ様でした」
 挨拶をして顔を上げると、水無瀬はそのままスタジオ出ていった。
 あの日以来、水無瀬が晃に何かを仕掛けてて来ることはなかった。水無瀬には自信があるのだろうと晃は思った。水無瀬が掲げた最高の餌につられて、晃が自ら手の内に堕ちてくるのを静かに待っているのだ。
 気づけば岬がこちらを見ていた。
「いよいよだな」
 晃が言うと岬は黙ったまま頷いた。
 岬の冴えた、何か決意がみなぎったような瞳に見つめられて、晃の背筋をざわざわとした興奮が走った。
 本番まであと二日。
 
 
「岬、もうちょい上手、そう、そこ!」
 晃の指示に、岬が立ち位置をすこし自分の左側に移動させた。ライトの真下に入るように位置を修正した岬の足下で、すかさず石井が、バミリの蓄光テープを細く切って貼付ける。
 翌日の夕方、舞台が設営されたAスタジオで晃たちのリハーサルが始まっていた。
 外はまだ明るかったが、暗幕を張り巡らされたスタジオの中は本番さながらのライトの光りが眩しい。
「全体の灯り、もう少し落としてみてください」
 水無瀬が、音響と照明の指示を、コントロールの小部屋にいるスタッフに伝える。
「大道具のテーブルの位置、ここでだいじょうぶですか?」
 森尾と里中が、舞台のまん中に配置されるはずのテーブルを運びながら確認する。
 着々と本番の準備は整っていった。セッティングを終えて、次に舞台上の動き全体のリハーサルをする。
 今までの稽古で全員の動きは頭に入っているから、実際の舞台上で最終チェックをするだけだ。
「あ、そのバミリ、大きめにしといて。そこちょっと見づらいから」
 細かいチェックをしながら、もう晃は余分なことは考えないようにした。泣いても笑っても明日が本番だった。
 水無瀬のことも、岬のことも、芝居の本番に関係のないことは頭の中から追い出して。晃は、演出家の水無瀬と、芝居の相手としての岬だけを、自分の中に取り込むことに心を砕いた。
 そうしているうちに、晃たちのリハーサル時間は慌ただしく終わった。
 ついに明日は発表会、本番だった。
 
 
 会場のAスタジオは、晃の予想以上に観客が入っていた。スペース的に限界があるので、おそらくは百名ほどが定員だろうが、よくぞここまで詰め込んだという感じだ。研修生たちは桟敷席にぎゅうぎゅう詰めになっていた。
 養成所で教えている講師たちや、マネージャーたちには、ちゃんと椅子席が後方に用意してあった。その席もすべて埋まっているようだ。
 スタジオのクーラーはフル稼動中に違いないが、観客の熱気にAスタジオは包まれていた。
 控え室から会場の様子を覗いていた晃が、メンバーの様子をうかがうと、めいめいが本番前に気持ちをリラックスさせようとしているようだった。
 岬は平生と変わらない様子で、軽く身体を解すような仕種をしていて、石井は眼を閉じてじっと座っている。
 新人の森尾と里中の高校生コンビが、突っ立ったまま、かなり緊張しているようだった。
「森尾、里中」
 晃が声を掛けると、ドーランを塗って衣装も調え、すっかり準備を終えているふたりが、硬い表情でこちらを見た。
「だいじょうぶだ。稽古はやれるだけやった。本番は楽しめよ」
「はい!」
「はいっ!」
 口々に元気よく返事をするふたりを見て、晃は少し安心する。
 本当は緊張しているのは晃も同じだった。しかし単に緊張しているだけではない。興奮もしている。さっきから、わくわく感が止められないのだ。幕が開く前の言い様もない高揚感だった。これを味わいたくて、おれは舞台をやるのかもしれないと晃は思う。
 午後一番め。晃たちの開演時間が迫ってきていた。
 
 もう一度晃が岬は? と見ると、岬も晃の方を見つめていた。
 思えばいつも、晃は気づいたときには岬の姿を捜していたような気がする。
「岬」
 名前を呼ぶと岬が晃の近くまで来た。
「……なに?」
「頑張ろうな」
 晃が言うと、岬はふっと笑った。
「ああ」
 誰かと一緒に芝居がやれることを、こんなに幸せに感じるなんて今までなかったと、晃は思う。
 ――誰かというのが、岬だからだ……。
「時間ですので準備してください!」
 スタッフが開演時間を告げに来た。
 水無瀬はすでに、会場の審査員席に戻っているはずだ。
 ――始まる……!
 晃は大きく息を吸って、一ケ所に集まったメンバー全員の顔を見回して言った。
「行くぞっ!」
 全員が頷いた。
 
 
 ――暗転――
 暗闇の中で虫の声。ときどき野生の獣の鳴き声。
 ゆっくりと灯りが入る。
 掘建て小屋の中。舞台中央に粗末な木のテーブル。
 その周りで若い男ばかりが数人、深刻な表情で顔を突き合わせている。
 旅行社の添乗員一名を筆頭に、大学生やフリーターなどの客四名、計五名の日本人旅行者たちだった。ジャングル探索ツアーの当日、いきなり始まった内戦に巻き込まれ、訳もわからずジャングルの中を逃げまどう内に、現地の案内人ともはぐれてしまった……。
『一体、どうなってるんだよっ!?』
 剣呑な雰囲気を漂わせていた大学生が、ついに切れて叫んだ。
『もう携帯も通じないんだろっ?』
『本社には一度だけ電話が繋がりましたから、きっと助けが来てくれるはずです』
 大柄な添乗員が、大学生を落ち着かせようと、汗を拭きながら必死に言い募った。
『本当に来てくれるのかなあ、日本の自衛隊……』
 
 晃は、たった今、この瞬間の濃密な空間で生きていた。
 晃であって、晃でない人間が、岬であって、岬でない人間を見つめ、話し、息遣いに触れ、掴み合い、怒鳴りあって、理解して、認め合って、確かに生きていた。
 台本に書かれたセリフは、晃がことばにすると気持ちは動き、岬がことばにすると、晃の心は震えた。
 岬が好きだと思う。
 
 ライトが酷く眩しくて、客席は暗い。
 審査員席にいるだろう水無瀬は、端整な面の、くっきりとした双眸でこちらをじっと見つめているのだろう。淡い虹彩は冷静な計算尽くの瞳で、晃と岬を見ているに違いない。
 晃の感傷を、水無瀬は冷めた眼差しで観察しているのだろうと、晃はちらりと思った。
 それでもいいと晃は思う。
 ――青いと思われてもいい。
 こんな小さな舞台の上で、岬と同じ空間で呼吸をすることが、晃に取ってどんなに幸せなことなのか。
 ――きっと水無瀬さんには、想像もつかない。
 
『だれにも、わからない……』
 芝居の最後、晃がラストのセリフ。
 一瞬の間を置いて、ゆっくりと暗転――。
 
 舞台に灯りが入ると、会場から一斉に拍手が沸いた。
 晃と岬、石井、森尾と里中が横一列に並んで、深々とおじぎをする。
 さらに大きな拍手。
 晃たちの舞台はこうして終わったのだった。
 
 
 打ち上げは、他のグループと同様、養成所近くの居酒屋だった。晃たちは水無瀬も参加して合計六人でテーブルを囲んだ。
 快挙と言うべきか、晃たちの芝居は優秀賞を受賞したのだった。最優秀賞は、はやり予想通り、大御所、高峰のグループで、どうやら審査員の内に暗黙の了解があるようで、ペガサスでトップの地位は磐石のようだ。
 それでも個人順位の成績上位に晃たちが相当食い込んだのだから、大健闘だったと言っても差し支えないだろう。
 石井はものすごく盛り上がっていたし、初めて発表会に参加した森尾と里中も興奮しているようだった。岬は相変わらずクールな振りだったが、晃が見たところかなり満足している様子だ。
 水無瀬は、相変わらず人並み外れた美貌にふんわりとした微笑を浮べ、晃たちを見渡して言った。
「最優秀賞は惜しくも逃しましたが、みんなよくやったと思います。お疲れ様でした。それでは、乾杯!」
「乾杯ー!」
 今回のメンバーには森尾と里中の高校生が含まれているため、最初の乾杯だけビールで、あとはアルコールは頼まずに食事会といった形になった。もちろん最初の乾杯のとき、森尾と里中はジュースとウーロン茶だ。ペガサスプロモーションでは、そういったことはかなり厳しかった。未成年の飲酒や喫煙は即刻クビだ。
 この打ち上げの席で、水無瀬は今クール限りで自分の劇団に戻り、講師には黒沢が復帰することが水無瀬本人から明かされた。
 そこで急きょ打ち上げは水無瀬の歓送会も兼ねることになった。和気あいあいといった雰囲気で食事は進み、森尾と里中をあまり遅くならないうちに帰宅させるため、結局打ち上げの食事会は午後九時頃にお開きになった。
 
「じゃあ、お疲れ様でしたー!」
「お疲れっス」
「お疲れ、またな!」
 こんな日なのに、石井は夜間のコンビニでのバイトが入っていて、森尾と里中を連れて最寄りのJRの駅から帰っていった。
 
 期せずして、店を出たところの路上に、晃と岬、それから水無瀬の三人が残された。
「さて、僕たちはどうしましょうか」
 そう言ってこちらを振り向いた水無瀬が、晃と岬が寄り添うように立っているのを見て微笑した。
「発表会は終わってしまいましたが、晃くんの答えを聞かせてもらえますか?」
 こんな道端で訊ねるのだから、答えは短いものだと、水無瀬は予感していたのだろうか。
「申し訳ありません。水無瀬さんのお誘いはお断りします。……おれは、自力で頑張りたいと思います」
 簡潔に、しかし誠意を込めて晃は答えた。
「――ほんとうに、甘いですね」
 晃の顔を正面から見据えて、水無瀬は呆れたように言った。
「せっかくのチャンスを棒に振るつもりですか」
 甘いと言われるのはわかっていた。自分が青いというのもわかっている。『自力で頑張る』なんてことば、水無瀬にはちゃんちゃら可笑しいだろう。水無瀬という演出家の強力なバックアップを蹴るなんて、信じられないことかもしれない。
 それでも、と晃は思った。
 それでも晃には岬という仲間で、ライバルで、かけがえのない奴がいる。まだ頑張れると思う。
「おれ、芝居が好きですから」
 晃は言った。
「本当に自分で納得できるように、やってみたいんです」
 ――あと一年。どこまで行けるかわからないけど、岬となら、晃はやれる気がする。
 岬となら、……きっとやれる。
「岬となら、もう少し頑張れると思います」
 噛み締めるようにことばを紡いだ晃に、水無瀬は端整な面を向けてじっと見つめた。
「………」
 くっきりとした双眸の淡い虹彩に、やがて苦笑めいた笑みが浮かんだ。
「……やれやれ。とんだ時間の無駄遣いをしたようです。こう見えても僕も結構忙しい身ですので」
 そう言って水無瀬は通りに向かって、優雅な仕種でタクシーに手を上げた。
「これで失礼させてもらいますよ」
 ハザードを出して目の前に停まったタクシーがドアを開く。
「そうそう」
 と、思い出したように水無瀬が振り向いた。
「こんどうちの劇団で外部オーディションをやります。晃くんも受けてみるといい。よければ岬くんも。もしかしたら、ほんの端役ぐらいなら取れるかもしれませんね。保証はできませんが」
 端役、と故意に強調した水無瀬のことばを受けて、岬が隣でぎりりと奥歯を噛み締める気配がした。
 ――ああもうっ、思いっきり挑発にのってるし……!
「日程が決まったらまた連絡します」
 水無瀬はそう言ってきれいな笑顔をひらめかせるとタクシーに乗り込み、車は走り去った。
 
 晃が水無瀬の車が見えなくなるまで見送っていると、「晃」と岬に声を掛けられた。
「ん?」
「水無瀬さんの、何の話だったんだ?」
 岬が眉根を寄せて晃に訊ねた。
 晃はあのことを岬には教えていなかったから、さっきから岬はふたりの話が見えていなかったようだ。
「うーん。岬は知らない方がいいと思うな」
 晃が言うと、岬は不機嫌そうに顔をしかめた。晃と水無瀬、ふたりの秘密というのが気に食わないらしい。
「なんだよ……」
 岬の子供っぽい反応に晃は思わず笑みがこぼれ、それがますます岬を不機嫌にさせた。
「いいじゃん。おれは岬を選んだってこと」
 怪訝そうに見返す岬に、晃は笑いかけた。
「これからふたりだけで打ち上げでもやるか。あ、そうだ。これから岬の部屋行っていい? この前みたいに飲み会やらない?」
「え? うん……、いいけど」
「よし! 今夜は飲むぞー! 酔っぱらったら泊めてくれるだろ?」
 晃のことばに岬はちょっと目を見開いた。それから、男っぽい眉の下の眼を眇めて岬はくすりと笑った。
 やっぱり岬は笑った顔がいいな、と晃は思う。
「じゃあ今夜は帰さない」
 ふと、精悍な顔を真面目な表情にして岬が言うから、思わずどきりとして晃は混ぜ返してしまった。
「――ベタなセリフ」
 
 
 コンビニに寄って、缶ビールとつまみを買うはずだったのに、岬のマンションの最寄り駅を降りてから、もう何件も晃と岬はコンビニの前を通り過ぎてしまっていた。
 駅に着いてから急に黙ってしまった岬の横顔を、並んで歩きながらはそっと盗み見た。岬の整った輪郭が、街の灯りと車のライトに照らされて、引き結ばれた口元が強張って見える。
「岬……?」
 どうしたのだろうと心配になって声を掛けると、ふいに岬は立ち止まって晃の顔を見た。
「ビール、買わないのか?」
 晃が訊ねると、
「あ? ああ…」
 なんか困ったように岬は晃を見下ろした。
 ――結構、身長差があるんだよなあ。
 石井と同じくらいだと、晃が考えていると、
「――冷蔵庫にストックがある」
 と岬が言った。
「なんだ。先に言えよ」
 そんな会話をしているうちに、岬のマンションにたどり着いた。
 もう二度目なので、晃も勝手がわかっている。
「おじゃましまーす」
 と、先に靴を脱いでリビングに向かいかけたところで、背後からいきなり抱きすくめられた。
「わっ!」
 思わず叫んでしまって、岬の方へ向き直ろうとしたら、顎を掴まれて口づけられた。
「……んんっ!」
 噛みつかれるようなキス。
 岬の熱い舌が、乱暴に晃の歯列を抉じ開けて、勢い良く口腔に躍り込んでくる。あまりにも切迫したキスに応える暇もなく、晃は思う存分貪られてしまう。
「――岬、がっつき過ぎ……」
 光る糸を引いて解放された唇で、ようやく晃は呟いた。
 三歳も年上だから、余裕を見せようと思っているのに、声が震えてしまっては説得力がない。
 なのに岬は気づかなかったのか、恥じ入ったみたいに「ごめん」と言った。岬の精悍に整った顔の、いつも冴えた双眸が熱情に潤んでいて、ぞくりとするほど色っぽい。
 胸の鼓動がまた訳もなく騒ぎだして、晃は今度は自分から岬を抱き寄せてささやいた。
「……謝らなくても、いい」
 
 岬の寝室のセミダブルのベッドに、ふたりでもつれるように倒れ込んだ。照れるから灯りはつけない。上だけ自分で脱ぎ捨てて、ジーンズを穿いたまま抱き合った。初めて触れる互いの肌の感触に、ばかみたいに興奮している。
 岬の息遣いが、鼓動が、こんなに間近に感じられるなんて、これまでどんな芝居でもなかった。
「ぅ、…ふ、…っ」
 岬の唇が首筋や胸に触れる感触に、息が不安定に上がる。
「…あ」
 びりっと走った刺激に思わず声が出た。
 岬が晃の胸の小さな突起を見つけて、舌先でちろりと舐めたのだ。
「やっ…、岬……」
 ぞくりとした快感にうろたえて逃げようとしたら、押さえ込まれてもっと岬が口づけてきた。むしゃぶりつくみたいに小さな粒を舌先で転がし、吸いあげて、軽く歯を立てる。
「あぁっ」
 つくんと立ち上がっていた胸の飾りは、ぬらぬらと唾液に濡らされて、岬の唇が離れるときひやりとした。
 岬が素早い身のこなしで、晃の上から起き上がって身体をずらすと、晃のジーンズのベルト手を掛けた。
「あ、ちょっ…」
 慌ててその手を押さえかけると、それより先に岬が晃の股間にジーンズの上から大きな手を当てた。
「晃、熱くなってる」
 掠れた声で、岬がささやく。
「ばっ…!」
 岬の指が形を確かめるように岬のモノをなぞるので、ずくりと血流がそこに集中していく。
「硬くなった」
 と、岬はうれしそうに報告する。
「――いちいち言うなっ……!」
 羞恥で顔に血をのぼらせて、晃が言うと、
「だって、うれしいから」
 と、岬が真摯な瞳で答えた。
「こんな風に晃とできるなんて、思ってなかったから……」
 それは晃も同じだった。まさか男どうしでこんなこと、ちょっと前までの晃なら想像も着かなかった。
「……岬」
 でも、岬ならいいと晃は思う。
 ――岬だから欲しい。
「もっと、こっちへ来いよ」
 晃は岬の若くて逞しい身体を引き寄せた。
 
「んっ、…あ、…っ」
 全裸で抱き合いながら、互いの熱くなった茎を擦りあわせる。ぬちゃぬちゃと湿った音がして、晃の羞恥心とさらなる興奮を煽った。
 覆い被さってきた岬の、汗に濡れた牡の匂いを発散させる身体を抱き締める。
「…もっと……」
 と、うわ言のように呟いた。下半身を密着させていやらしく揺らすと、じわりと快感が吹き出した。
 晃は密かな場所に隠されている、もっと強烈な刺激を求めてしまう。
 岬が声を上擦らせて訊ねた。
「――晃のここ、挿れても、いい……?」
 晃の熱の源をまさぐっていた岬の指が、湿った粘膜のあわいに触れる。
「…ッ!」
 戦慄みたいな快感が尾骨まで走った。
 ここで繋がるのだということは、知っていた。でも、実際にしたことはない。まさかそんなことが、自分の身に起こるとは思っていなかった。
 ――それに……。岬のあんな大きなのでしたら、きっと酷いことになる。
 理性の断片でそう思ったけど、快感の予感に晃はあっさりと敗北していた。
「……挿れて」
 期待と羞恥に掠れた声で懇願した。
「岬の、――ぜんぶ欲しい」
 岬が眼を眇めて、晃を見つめた。
「いいのか? おれ、きっと途中ではやめられなくなる」
 晃が頷くと、岬の双眸に獰猛な光が宿った。
 岬は晃の両足を自分の身体入れて割り開くと、晃の膝裏を抱えてぐっと腰を進めてきた。
「はっ、……あっ…ぅ、…!」
 熱い滑りを纏った岬の昂りが、晃の中に埋められようとしていた。
「晃、ちから……っ、抜いてっ…!」
 岬も苦しそうに言った。
「はっ…、うっ!」
 眼に涙を浮べて、晃は背中を弓なりにした。
 岬の若くて凶暴な楔が、ズクリっと晃の柔らかな粘膜に突き立てられ、大きな質量で無理矢理引き裂くように侵入する。
「ああぁ――ッ!」
 晃は堪らず悲鳴を上げて、岬の背中に爪を立てる。
 
 ――熱い……!
 気がつくと、岬のモノが、晃の身体の奥でどくどくと脈打っていた。
「あ、岬……」
 頬を涙の粒が滑り落ちる。
「晃…、好きだ、……ひかる」
 名前を呼びながら、岬が抽挿を始めて、硬い岬の先がぐりっと中を擦ったとき、衝撃的な快感に目眩がした。
「ひっ、あぁっ!」
「晃っ」
 岬に激しく抜き差しをされて、晃は喘ぐばかりだ。
「ああっ、あっ、あぅ、あっ、あっ、あぁっ」
 霞む眼で岬を見たら、精悍な顔が欲情に濡れていた。汗を滴らせ夢中になって晃の身体を貪っている。
 岬に引きずられるように、晃は強制的に未知の快感を追わされる。圧倒的な快感に押しつぶされそうになりながら、岬の身体を抱き締めた。
「岬……っ!」
 岬の心も身体も、いまは全部晃のものだ。
 剥き出しの生身の岬に、晃も剥き出しの心と身体を重ねる。
 その瞬間、晃と岬との距離がふいに縮まって、ゼロの距離になる。


おわり