「――満足ですか…?」
百メートルをかなりのスピードのクロールで泳ぎ切った惟秋は、息を弾ませて智広の前に降り立った。
「………」
ちょっと意地悪をしたつもりだったのに、完璧にやり返されてくやしいことに智広は返すことばがない。
「北条主任、すごいタイムですよ。もしかして競泳の経験がありますか?」
習慣でタイムを計っていたのだろう。トレーナーの井上が、興奮したように惟秋の脇に駆け寄ってきてバスタオルを渡した。
「大学時代に少し泳いでいただけですよ」
顔を紅潮させている井上を、惟秋はタオルを受け取り軽くいなした。
そんなこと、全然知らなかった……。知っていたらこんな勝負、最初から吹っかけなかったのに。
惟秋にくるりと背を向けると、智広は逃げるようにプールに隣接されているガラス張りの部屋へとすたすたと歩き出した。
「どこへ行くのですか」
即座に詰問調の声が飛ぶ。
「ジャグジー」
本当に惟秋は、何をやらせても嫌味なほど完璧にこなしてみせるんだから……。
ふて腐れて智広は円形のジャグジーの、勢いよく泡立つお湯の中へと身体を沈めた。
少しして腰にバスタオルを巻きつけた惟秋がジャグジーの部屋に入ってきた。なぜか井上を引きつれている。
「智広さん」
声をかけられて、智広は黙ったまま身体をずらして惟秋にスペースを空けた。
バスタオルを外し温泉にでも入るようにリラックスして、智広の脇に身体を滑り込ませた惟秋は言った。
「約束、しましたよね?」
「ああ、わかってるって! これからはパーティーでもなんでも出てやるよっ!」
やけくそ気味に声を上げて、智広はジャグジーから上がろうした。が、惟秋にぐいと腕をひっぱられて、お湯の中にざぶんと引き戻されてしまう。
「…っ、何すんだよ…!」
ジャグジーの中で足を滑らせて頭までお湯をかぶってしまった智広は、びっくりして惟秋の顔を見返した。
惟秋は平然と、端整な男っぽい容貌で智広を見返した。
「まずその口の利き方から改めてもらいますよ。いつまでも学生のままのようなつもりでいてもらっては困ります」
ジャグジーの中でまで説教か、と思ったのもつかの間、智広の身体を背後から抱きこむように惟秋が引き寄せた。
「ちょ…っ…」
「智広さんをちゃんと躾けるのもわたしの仕事ですから」
耳元でささやかれて、なぜか背筋がぞくりと震えた。
「――実力に訴えることにしました」
「な…に? あぁっ!」
いきなりスイミングパンツ越しに股間を握りこまれて、智広は仰天した。
「た、惟秋っ、な…なにをっ…」
しかし智広は最後まで言うことができなかった。惟秋の左手が背後から智広のあごを取ると、後ろを振り向かせるようにして唇をふさいだからだ。
「んん…っ!」
迷わずに差し入れられた舌に驚いて、逃げようと身をひねったが、智広の身体は背後から惟秋に押さえ込まれていて動けない。そもそも体格差がありすぎる。
いや、そんなことより、なんで惟秋が自分にキスをするのだろう。
「…っ、う…っ…」
柔らかな舌をからめられ、前歯の付け根ををなぞられると全身に細かな震えが走った。 濃厚なキスと同時に、足の間に侵入している惟秋の右手が、信じられないような卑猥な動きで智広の抵抗を奪っていく。
「何でも言うことを聞いてくれるのでしたね」
唇を放されても呆然と息を乱している智広に、ごく至近距離にある惟秋の唇がことばをつむいだ。
「いまから智広さんを抱きます」
「………!」
大きく双眸を見開いて智広は惟秋の顔を見返した。驚愕のあまり声も出ない。
「智広さん、あなたをわたしのものにします。口で言ってダメなら、身体に躾けるしかありませんからね。そうすればもっとわたしの言うことを聞いてくれるでしょう?」
「なっ…、なにを言って――」
ようやく我に返り、智広は背後から抱きすくめられた体勢から逃れようと、ジャグジーの中で足をばたつかせて暴れた。派手な水しぶきが上がる。
「井上くん!」
と、惟秋の呼び声で、智広はトレーナーの井上がその場にいたことを思い出した。
――井上さんのいる前で、惟秋はなんてことを……!
お湯の中で惟秋の右手がナニをしでかしていたのかは見えなかっただろうが、男どうしのディープキスはしっかり目撃されていたはずだ。
かっと羞恥の血がのぼる智広の耳に、とんでもない惟秋のセリフが聞こえた。
「こっちに来て手を貸して」
ジャグジーの中でもみ合っている智広と惟秋を、途方に暮れたように井上が突っ立ったまま見下ろしていた。
「早くっ!」
惟秋に命じられて、井上は弾かれたように行動を起こした。
「ちょっと待ってよ、井上さん!」
井上は智広の抗議の声も耳に入らないようにジャージの上下を脱ぎ捨て、あっという間にスイミングパンツだけになると、ジャグジーに入ってきた。
「足、押さえて」
「わぁっ!」
惟秋の指示で井上は、惟秋に背中から羽交い締めにされて必死に暴れる智広の両足を、前から押さえつけた。トレーナーをやっているだけあって、井上の鍛えられた腕の力は智広の敵ではなかった。
いつの間にか脱げてしまった智広のスイミングパンツが、ジャグジーの泡の中に流されていく。
「――やっ、…ぁっ……」
背後から惟秋に首筋を噛まれて、智広は親猫に運ばれる子猫のように力が抜け落ちた。惟秋の長い指が直接智広の中心に絡みつき、明確な意図をもって攻めはじめる。
大きく足を開かせたまま智広の前に陣取って、井上の眼はお湯の中の、智広の足の間に釘付けになっているようだった。
惟秋の手が器用に動くたび、智広の身体はビクビクとけいれんしたように反応する。
見られている……!
羞恥で全身の熱が一瞬で上がった気がした。
「ん…っ、ん…、…っ!」
惟秋の手に弄られて形を変え敏感になった中心に、ジャグジーの泡がはじけて予想外の効果をもたらす。
智広は歯をくいしばって、苦痛めいて甘い、倒錯した快感に身をよじるが、背中から惟秋に抱きすくめられ、前からは井上に押さえ込まれて逃げ場がない。
「あっ、…はぁっ……」
逃げ場がないのは、智広の体中をめぐっている凶暴な熱の奔流も同じだった。
だめだ、もうっ―――!。
あっと思った瞬間、智広は惟秋の手の中でイってしまった。
「……、………」
呆然自失で智広は胸を喘がせていた。
ぬるめにお湯の温度を設定されているジャグジーだったが、まるで湯あたりでもしたかのように頭がもうろうとしている。
井上は既に、ぐたったりとして力の抜けた智広の両足を解放していた。熱にうかされたような智広を井上が息を飲んで凝視しているの感じる。
「智広さん…」
首筋に惟秋の吐息混じりの声が落ちた。
「気持ちよかったですか?」
「……っ…」
羞恥から頑なに顔を背けると、下腹部から這い上がった惟秋の大きな手が智広の胸をなで、そこだけ淡く色づいた小さな突起をつまんだ。
「はっ…ぁっ!」
びりっと予想外の快感が走って、智広はうろたえ身体をのけ反らせた。
「身体はこんなに素直なのに――」
呆れたように呟いて、惟秋は指先で智広のぷくりと反応した突起をこねくり回す。
|