東京ヴァンプ【弐】1

東京ヴァンプ 主な登場人物

一色 真広(いっしき まひろ)
  本作の主人公で、都内の私立大学に通う大学一年生。京都市出身。年の離れた兄ふたりがいる三人兄弟の末っ子。物心ついたころから、普通のひとには見えない<鬼>や、<物の怪>が見えたが、祖母に教えられたように見えないふりを通して、その手のものにはとにかく関わらないようにしている。

柚木 貴仁(ゆずき たかひと)
  都心の一等地に和風の広大な屋敷をかまえて、<柚木よろず相談所>という何でも屋を経営している。真広と同じく<鬼>を見ることができる。ヴィジュアル系で見目麗しいが、ひとを喰ったような言動が非常にうさんくさい正体不明の人物。真広を自分の助手として住み込みで雇い入れる。

桔梗(ききょう)
  柚木の屋敷でメイド頭をしているばあさん。柚木いわく、屋敷の陰の実力者で、柚木も頭が上がらない。いつもきっちりと和服を着こなして屋敷の生活を取りしきっている。近くのコンビニで買い食いするのがひそかな楽しみのひとつ。

満月(みづき)・香月(かづき)・朧(おぼろ)
  柚木の屋敷で働く美少女メイドの三姉妹。色白童顔の巨乳で、男子の妄想を絵に描いたような容姿をしている。三人ともそっくりのため、真広にはほとんど見分けがつかない。ひと目見たときから真広は彼女たちに好意を抱くが、その正体は……。

黒い毛玉
  柚木の屋敷に住み着いている下級の物の怪。黒いの、ぴょこたん、などと呼ばれている。某有名アニメに出てくるアレをイメージすれば間違いない。厨房の砂糖を塩に、テーブルのコーヒーを泥水へと、一瞬で変化させる。被害を受けるのはいつも柚木本人と決まっている。

 

これまでのお話

  大学生の真広はひょんなことから柚木と知り合い、成り行きで夏休みに彼の屋敷に住み込みで物の怪退治のバイトをすることになる。<鬼>アレルギーともいえる真広だったが、正体不明の柚木に次第に惹かれていき、やがて、柚木がひとを愛してひとの振りをして暮らすようになった<鬼>――吸血鬼であることを知る。ひとの感覚に近いものを持ちたいと望んだ柚木は何百年間の記憶を封じて、ひとを襲うこともしなくなっているが、長年吸血をしていなかったために力が弱っており、真広をパートナー、つまり『鬼の養い手』に選びたいと考えていた。真広はほんの少しの血を与えることで<鬼>を生きながらえさせることができる<鬼>にとって特別な甘い血の持ち主だったのだ。柚木にある種の好意を抱きながらも『養い手』になる決断できなかった真広は、あるとき新参者の吸血鬼に襲われ、助けに現れた柚木は深手を負ってこん睡状態になってしまう。柚木を救いたい一心で真広は柚木に自分の血を与えることを了承すると、柚木は真広を咬んで吸血するが<鬼>アレルギーの真広はショック状態になって死にかけ……。なんとか柚木が蘇生させると、真広は夢うつつのまま柚木が望むように抱かれる。しかし、翌朝になってみると、まるで抱かれたこと自体が夢だったかのようで、真広は柚木との関係が血を与えるだけの契約なのか、それとも真広がこれまで想像もしたことのなかった同性の恋人どうしなのか、とても判断に迷うのだった。



序 章

 柚木の屋敷にある応接間は、純和風な建物の外観とは異なって洋風である。
 それはたとえば明治時代に西洋文化が入って来てまだ間もない頃の内装のようで、和洋折衷の部屋は重厚で格調高い趣にあふれている。
 季節は夏の終わり。空調はひんやりと快適な温度に設定されている。
 そしてその室内では、微妙な空気が流れていた。
(うっわー、だから連れてくるの嫌だったんだよ……)
「――真広が大変お世話になっております。これの兄で、一色征二(せいじ)と申します」
 最初のショックからようやく立ち直ったらしい次兄の征二が、対面していた柚木に名刺を差し出した。心なしかこめかみがぴくぴくとしているようだ。
 きっと頭痛がしているのだろうと真広は思う。
 フレームレスの眼鏡の切れ長の瞳が、隠しきれない征二の不信感をはらんでいる。
「外科医をされている二番目のお兄さんですね」
 こちらは、男っぽい端整な容貌に、人好きのする笑みを浮かべていた。
「真広くんからお噂はかねがねうかがっております。柚木貴仁(たかひと)です」
 と、柚木は慣れたしぐさで征二と名刺交換をする。
 立っているふたりはほぼ同じくらいの身長だった。
 兄の征二よりも柚木のほうがいくぶん背が高いが、ふたりとも一八〇センチ台の長身である。
 しかしその見てくれは、あまりにも対照的だ。
 征二は学会でこれから発表でもするかのような、きっちりとしたスーツ姿だった。
 一方の柚木は、いつものようにタンクトップ一枚と黒のスリムなレザーパンツに、同じくジャケットを引っ掛けた格好だった。
 おまけに、背中まであるウェーブのかかった髪は金髪に染められていて、銀と赤のメッシュが入っている。
「それで、『柚木よろず相談所』とは、実際どんなお仕事をされているのですか?」
 うさんくさげに名刺に目をやって、征二は柚木に訊ねた。
「兄ちゃん、おれ、ちゃんと説明したやろ?」
 見ていられなくなって、真広は思わず口をはさんだ。
「真広、おまえは黙ってなさい。わたしは柚木さんとお話しているんだ」
 ぴしゃりと言われて、真広は口をつぐむ。九歳年上の次兄には怖くて逆らえないのだ。 両親が放任主義で真広に甘い分、普段から保護者として真広を監視しているのは、この征二をメインとしたふたりの兄たちなのである。
「まずはお掛けになって、お茶でも飲みながらお話しましょう」
 征二の態度に気を悪くした様子もなく、そう柚木はにこやかにうながした。