くぐもった呻き声しか上げられない貴幸に悲しげな視線を投げると、加賀はまた貴幸の身体を愛撫する作業に戻った。加賀の昂っている物を、剥き出しの貴幸の物に擦りあわせて、貴幸の快感を引き出そうと指を絡めては切なく苦しげな呼吸を繰り返す。
加賀の手に散々なぶられても、貴幸の物はいっこうに反応しないままだった。貴幸は訳がわからず混乱に打ちひしがれていて、いくら物理的な刺激を与えられても心が拒否しているのだった。
文字どおり必死に身を捩って、加賀の愛撫から逃れようとする貴幸を、加賀は辛そうに見下ろした。端正な顔を苦痛に歪めているのを涙で霞んだ視界に留めて、貴幸は無性に腹が立った。
――なぜ加賀がそんな被害者のような顔をしているんだ!?
しかし、こんな仕打ちをされてもなお、加賀が貴幸のことを痛めつけようといった意図のないことはわかっていた。たとえ貴幸を全裸にして手錠で繋ぎ、猿ぐつわを噛ませて声を奪っていてもだ。だからこそ貴幸は混乱していた。もっとわかるように説明して欲しかった。苦痛を与えることが目的でないのだとしたら、親友だと思っていた男がなぜ自分にこんなことをするのか。
やがて臨界に達した加賀が、びくびくと身を震わせて貴幸の腹の上に白濁したものを飛び散らせた。がくりと覆い被さられた加賀の身体の重みを、貴幸は顔を背け悪い夢でも見ているかのように硬く目を閉じて感じていた。
しばらく荒い息を吐いていた加賀が身体を起こすと、バスルームの方へ行きすぐに戻って来た。見ると手にはお湯の入った洗面器とタオルを持っていた。タオルを固く絞り、加賀は自分が汚した貴幸の腹を、丁寧に拭って浄めた。それから加賀は、貴幸の猿ぐつわを外した。
「――どういうことか説明しろよ」
やっとしゃべれるようになった貴幸は、自分でも驚くくらい落ち着いた声が出た。
加賀はそんな貴幸の顔をじっと見た。普段と変わらない端正な表情なのが、こんな状況では不思議な感じだ。
「貴幸が納得できるような説明はできないよ」
「………!」
あっさりと返した加賀を貴幸は睨んだ。
そうなのだ。加賀は最初から、貴幸の同意を得ようとはしていなかったのだ。それどころか、貴幸が激しく抵抗することを予想して、予め拘束具を用意していた。しかも貴幸の身体を傷つけないような工夫をして。口に押し込められた道具は、加賀が貴幸の声を奪うことを目的にしたのではなく、暴れて舌を噛んだりしないようにする配慮だったのだろう。
一体全体、親友だったはずの加賀はどうしてしまったのだろう。常識的な大人だと思っていたのは、貴幸の勘違いだったのだろうか。
「おれは、どこも変わっていないよ」
貴幸の心中を見透かしたかのように加賀は言った。
「初めて貴幸に会ったときから、おれの気持は何も変わっていない」
「……言ってることがわからない」
低く貴幸が応じると、加賀はわずかに微笑んだ。
「いいんだ。わかってもらえるとは、思っていない」
貴幸の頭上で両手を拘束している手錠に繋いだ鎖を少し緩めると、加賀は貴幸の身体ににそっと毛布を掛けた。
「……おやすみ」
自分の衣服を集めて拾い上げると、そのまま加賀は灯りを消して部屋を出ていった。
鎖を緩められたお陰で、両手の位置を少しだけ下ろすことができた。しかしこんな格好で眠れるはずがない。貴幸の見開いた両目から涙が溢れて頬を伝って流れた。手錠で繋がれた両手は自分の頬まで届かず、貴幸は涙が流れるままに拭うこともできなかった。
悲しいのか悔しいのか、自分でもわからなかった。不思議なことに、これが恐怖によるものではないことは、はっきりとわかっていた。加賀の言う通り、多分彼はどこも変わっていないのだ。貴幸が気づかなかっただけで。
天窓から、細い月が貴幸を見下ろしていた。
翌朝部屋に現れた加賀は、貴幸の両手首の手錠を外すと、部屋に備え付けのバスルームに連れていってくれた。貴幸の左足首には足枷と、それに繋がった長い鎖がつけられたままだった。じゃらじゃらと耳障りな音を立てる鎖の先は、ベッドの支柱にしっかりと固定されている。
「鎖があるからドアは閉まらないけど、覗かないからゆっくり使って」
いたわるような優しい声で加賀は言った。
「バスタオル、ここに置くよ」
「………」
貴幸は無言のまま、加賀の男っぽい端正な顔を見返した。本当に加賀は今まで通りだった。硬派な雰囲気も、伸ばされた背筋や機敏な身のこなしも何もかも。
もしかしたら加賀は、酷く悪質な悪ふざけをしているのではないかと貴幸は思った。今にも吹き出して、『ごめん、冗談だよ』と言うのではないだろうかと。しかし貴幸に期待とは裏腹に、加賀はそのまま何も言わずに出ていってしまった。
バスルームの洗面台には、貴幸の持参した洗面道具一式が、几帳面な加賀らしくきちん並べて置いてあった。その隣にはフェースタオルとバスタオルが用意してある。しかし衣服の類いは何もなかった。洗面用具と一緒に、貴幸のバッグの中には着替えが入っていたはずだ。加賀はその存在をきれいに無視して、貴幸には下着の一枚すら与えないつもりのようだった。
息を吐いて貴幸は洋式便器のふたを開けた。実は昨夜から我慢していた尿意がもう限界に近かったのだ。長々と続く間延びした水音を聞きながら貴幸は唇を噛みしめた。感じているのは屈辱だった。
シャワーを使った貴幸が腰にバスタオルを巻いて、重い足取りで鎖を引きずりながら出てくると、加賀がベッド脇にテーブルを置いて朝食の皿を並べていた。加賀が調理したのだろうか、トーストやコーヒーのポット他にサラダやベーコンエッグの皿が並んでいる。おいしそうな匂いに貴幸の胃はきゅうきゅうと鳴った。
「お腹すいてるだろう? さあ、一緒に食べよう」
加賀がにっこりとしてテーブルの方へと貴幸を招いた。
ごくんと唾を飲み込んで、貴幸は言った。
「――いらない」
「どうして? お腹すいてない?」
驚いたように加賀が訊ねた。
「もちろんすいてる」
「だったらどうして……?」
「このばかげた物を外してくれたら食べるよ」
貴幸は自分の足下に眼を落とすと、なるべく冷静な声になるように言った。
加賀は貴幸の視線の先にある足枷と鎖を眺め、それから貴幸の顔を見て言った。
「それはできないよ」
「どうしてっ!?」
今度は貴幸が問い返した。
「鎖を外したら、きっと貴幸はすぐにここを出ていくだろう?」
加賀は憂いを含んだ双眸で微笑した。
「……そんなの、おれは耐えられないから」
「……ッ!」
訳のわからない理論に激昂しかけて、貴幸は思わず加賀に歩み寄ってその両肩を掴んだ。
「なんなんだよっ、加賀。おれにどうして欲しいんだ。なんでこんなことするんだよ!?」
肩を揺すられても、加賀は端正で静かな表情を変えなかった。
「言っただろう? 貴幸が納得できるような説明はできないって」
興奮して肩で息をしている貴幸の両手をやんわりと外すと、加賀は素早い動作で後ろに捻り上げた。
「いっ…!」
「ごめん。手荒なことはしたくないけど、あまり時間がないんだ」
呟くように言って、捻られた腕の関節が痛くて抵抗できない貴幸を、加賀はベッドまで引きずっていった。
「嫌だっ、放せ!」
必死に抗う貴幸の両手首を、あっという間に手錠に繋いでしまう。足を蹴り上げて暴れるが、元々左足首には鎖がつけられているため充分な抵抗ができず、押し倒されて最初のように大の字にベッドに縛りつけられてしまった。
バスタオルはとうの昔にはがれてしまっていた。まだ朝の明るい陽射しの中で全裸で拘束されて、愕然として貴幸は胸を喘がせた。
「貴幸が食べないというなら、おれも食べないよ」
加賀は貴幸に向かって言う感じでもなく低く言うと、朝食のテーブルの皿を片付けて部屋を出ていった。間もなく戻って来た加賀の手には、ガラスのコップと何か小さなパッケージが握られていた。
「これ飲んで」
目の前に差し出されたのは小さな白い錠剤だった。
「なんだよ」
「精神安定剤」
「ばかにするな」
「食事しないというなら、無駄な体力使わせたくないから」
貴幸が拒絶の意思表示で顔を背けると、加賀がため息を吐く気配があった。
「そう……」
と言って、なぜか加賀はその錠剤を自分で口に含んでコップの水を飲んだ。
と、いぶかしんで加賀の方へ顔を向けた貴幸の顎をいきなり掴んで、加賀が貴幸に口づけた。
ごふっと、余分な空気と一緒に水が喉に流れ込んで来て、口移しで無理やり錠剤を飲み込まされる。
「なッ……!」
絶句する貴幸に、濡れた唇の端を指で拭いながら加賀は言った。
「本当に精神安定剤だよ。うちの病院で普通に使ってる」
「……うっ」
噛み殺そうとした声がわずかに洩れて、貴幸は眉をぎゅっと寄せた。
口移しで無理やり精神安定剤の錠剤を飲まされてから、貴幸は断固として加賀の口づけを拒んでいた。
すると加賀は貴幸の唇を深追いすることなく、かわりに首筋や胸元に丹念なキスを落としていく。加賀の唇がうなじから降りて来て、胸元の淡く色づいた小さな粒を舐めては甘噛みし、甘噛みしては舌先で転がす。根気強い丁寧な加賀の愛撫に、未知の感覚がざわざわと貴幸の背筋を這い上がってくる。
「うっ、…く……」
手錠に繋がれた貴幸の手に力がこもって、甲斐なく引っ張られる。
飲まされた精神安定剤のせいか最初のパニックが収まると、貴幸はかえって加賀に触れられる感覚がリアルに感じられるようになっていた。昨晩は気が動転していて、加賀に前を握られて扱かれても何も反応しなかったのに、今日は同じく全裸の加賀に覆い被さられただけで、加賀の素肌の感触がなぜか不規則に鼓動を速める。
――こんなはずないのに……。
こんな異常な状態で、同性の男に愛撫されるなんて、今までの貴幸には想像の及ばないことだった。しかもその相手が親友だと思っていた加賀直純(なおすみ)なのだ。
よく知っている男の手が自分の下腹部をまさぐる感触に、貴幸はひくりと息を飲んだ。
「貴幸……」
優しくささやく耳慣れた声に泣きたくなる。自分にこんな酷い仕打ちをしながら、加賀は加賀のままなのだ。親友と呼べる間柄であることを貴幸に誇らしい気持にさせていた男と、今執拗に自分に愛撫を加えている男はまったくの同一人物だった。
「…貴幸……」
切なげに名を呼びながら、加賀は身体をずらして貴幸の脚の間に顔を埋めた。
「…う、ぁっ……!」
慈しむように加賀の指が貴幸の茎に絡みついて、あっと思う間に敏感な部分を加賀の口中へ含まれた。
――だめだ…っ、加賀っ……。
ねっとりと温かい粘膜に包まれて先端を舌先でつつくように吸われ、一瞬で血流がそこへ集中していく。
「く、ぅ……ッ……――!」
加速していく快感の奔流に意識がさらわれた瞬間に、貴幸は加賀の喉奥へと欲望を放ってしまっていた。
「…………」
圧倒的な敗北感に、完膚なきまでに打ちのめされて、呆然と脱力している貴幸の手錠を加賀は一旦外すと、貴幸をうつぶせにさせて万歳をさせる格好ではめ直した。同じく両足首の枷を外して脚を固定していた鎖のよじれを直す。
貴幸はされるがままになっていた。仰向けに縛りつけられていた体勢から、今度は俯せにベッドにうずくまった格好に拘束される。脚の鎖を緩めて膝を曲げさせ、尻を突き出すような姿勢だった。「うっ」と、呻いて貴幸が我に返ったのは、何か液体を尻の割れ目に垂らされた感触からだった。
「ひッ!」
と、貴幸は直後に続いた異物感に喉をのけ反らせた。
貴幸の背後で、加賀が貴幸の双丘を開いて、奥の窄まりに指を挿し入れたのだった。
「やッ、やめてくれ」
思わず悲鳴めいた声で貴幸は懇願していた。
知識としては知っていた。男性どうしでセックスをする場合、挿入するのならそこにいれるということを。しかしそれが自分の身に起ころうとしているとは、貴幸には信じ難いことだった。
「加賀っ…!」
必死に首を捻って背後を振り返ると、加賀は男らしい眉を寄せて秀でた額に汗を浮べ、真剣な眼差しで貴幸のそこを解そうとしていた。加賀の膝に下肢を割り開かれて、しっかりと腰を掴まれて二本に増やされた指が、ずんと敏感な粘膜を抉る。
「うっ、…はぁっ」
垂らされたのは潤滑ローションのような物らしい。加賀の指の侵入を拒もうと力を入れているのに、構わずぬるりと奥まで挿し込まれる。薄い襞がぴりっと痛みを伴って引き伸ばされる感触。
「あっ、あぁっ」
挿し込まれた指は内部で交叉されて、貴幸のポイントを的確に暴き出す。
「――ッ!」
ずくんと貴幸の前が息づいた。貴幸の意志とは関係なく、強制的に快感を追わされる。意識が白くなり始めたときふいに後ろの指が引き抜かれて、ほっと息を吐いた途端、信じられない圧迫感が貴幸の下肢奥を襲った。
「ひァッ」
それが猛り切った加賀自身だと貴幸が認識するより早く、ずぶりと強引に突き入れられた。
「……ぅ…――――!!」
余りの痛みに貴幸は声も出なかった。貴幸の狭い窄まりに、あり得ない大きさの物が無理やり捩じ込まれ、入口の柔らかな粘膜を裂き、蹂躙しながら奥へと埋め込まれていく。
ぶるぶると細かく痙攣する貴幸の尻を掴んで、加賀は腰を揺すって凶暴な楔を貴幸の中にすべて沈めた。
激しい痛みと圧迫感に、呻きながら浅く息をするしかできない貴幸の背に、加賀は覆い被さるように後ろから抱きしめてきた。
「――貴幸……」
今まで一度も聞いたことのないような、切なげな加賀の声だった。
「…ぅ……」
言葉にならない呻きが貴幸の唇から零れたとき、それが合図であったかのように加賀が抽挿を始めた。
「……ぁう、っあッ、アアッ――」
内臓を裏返され、引き抜かれるような苦痛に、もはやなけなしのプライドも砕け散って、貴幸は涙を流し髪を振り乱して身悶えた。
逃げ場のない手錠で繋がれた両手に、無惨な力がこもった。
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