ゼロの距離

 それから二日後の火曜日の夕方、晃たちは研修所のBスタジオで稽古をしていた。岬と新人の里中と森尾は集まったが、石井は仕事が入っていて掴まらなかった。新人たちを集中的に練習させて、発表会までになんとか形にすることが先決だったので、まあ石井の方は大丈夫だろうと晃は踏んでいた。
 岬はなんだか不機嫌そうだったが、やる気はかなりあるようだった。水無瀬のスケジュールは合わず、今日の稽古は見に来てもらえない。
 とりあえず石井のパートを飛ばしながら通しで稽古をして、ときどき晃と岬は、新人たち里中と森尾の芝居を止めてアドバイスした。里中と森尾はまだ高校生で、里中が二年の十七歳、森尾は一年の十六歳ということだった。
 台本的にメインは晃と岬、石井のキャラのやり取りだったから、里中と森尾のセリフはあまりなかったが、舞台上ではセリフがないときの方が新人には難しそうだった。
「――だからさあ」
 芝居を止めた岬が、新人たちに向かって言った。精悍な顔の眉間にしわを寄せている。
 ――ああもう、そんな顔したらまた新人たちがビビるだろ。
「セリフがないときに、ぼーっと突っ立ってちゃダメだって。おまえらその場で他の誰かのセリフを聞いて、何か感じてるはずだろう? そりゃあ本にかかれてるからセリフはわかってるけど、いまおまえらが演ってるキャラとしては、そのとき初めてそのセリフを聞いたはずだろうが」
 ――おっしゃる通り。
 実はさっきから晃もそれが言いたかったのだ。台本に書かれているセリフを憶えてそのまま吐き出せば、それで芝居になる訳ではない。
 わかっているだろうが、里中も森尾も、まだ自分のセリフを吐き出すだけで精一杯のようだ。頭でわかっていても、実際に身体が反応していないというのはよくあることだ。
 ――前途多難だな……。
 それでも新人たちは、岬のアドバイスに「はい」「はい」と答えながら、いちいち真剣な表情で頷いている。
 いつもは、他人の動向に我関せずといった岬が、根気強く新人たちにアドバイスするのは珍しいことだと晃は思った。それだけに、今度の芝居をちゃん作りたいという意気込みが感じられて、晃はちょっとうれしくなる。
 その日はそんな稽古を何回か繰り返し、スタジオを借りていた一時間半を費やすと解散となった。
「お疲れさまでしたー!」
 岬に絞られたわりに、結構元気にスタジオを出て行く新人ふたりの背中を見送る。と、
「晃」
 背後から岬に声を掛けられた。
 振り返ると、岬がなんだか鋭い目つきで立っていた。
「ああ、岬。今日のおまえのアドバイス、いい感じだったな。あれなら――」
 岬は無言で晃の身体を引き寄せると、いきなり晃の唇に口づけた。
「! ちょっ…ッ」
 晃が驚いてとっさに身体を突っぱねると、岬はすぐに晃を放した。
「な、何するんだよっ!?」
 ここはスタジオだ。岬のマンションの部屋とは訳が違う。いつ誰が入ってくるかもわからない。さすがにびっくりして晃が声を上げると、岬は眉ひとつ動かさずに、口元を皮肉な微笑に歪めて言った。
「――あいつにはさせるのに?」
「えっ?」
「あの後、ふたりでどこへ行ったんだ」
 岬が低い声で訊ねた。
「見たんだ。南青山の近くで。夜中に晃が水無瀬さんとタクシーに乗るところ。肩を抱かれて――」
 もしかしたら二軒めの店を出たところだろうか。酔っていた晃は記憶がないが、たぶんそうだろう。あの日、岬は撮影現場からの帰り道で、たまたまそれを目撃したらしい。
「岬……」
 岬のこんな顔は初めて見ると晃は思う。男らしい眉を苦しげに顰めて、いつもの冴えた双眸が晃をなじるように光っていて。
「付き合ってるのか、あのひとと?」
「付き合いませんかと、言われた。水無瀬さんの二回目のレッスンが終わったあとで。……それで今クール、取りあえず発表会が終わるまで、付き合ってみることにした」
 なんとか平静さを保って答えた晃を、驚いたように岬が見つめた。
「そう。岬の部屋に行くより前」
 ――キスされるよりも前のことだ。
「……おれ、岬のあれは――、酔っぱらった冗談だと思ってた。ふざけただけなんだと思った」
「………」
 なぜか悔しげに岬は晃を睨んだ。
「だっておまえ、……岬は、おれにそんなこと、ひとことだって言ったことなかっただろ?」
「晃がにぶいんだ」
「って、おれのせいか!?」
 さすがにむっとして晃は応じた。
「――――言ったら、抱かせてくれたのか」
「……っ」
 しかし低い声で問われて、晃は答えに詰まった。確かに晃が水無瀬に会う前ならいま岬の言うことにも、晃はもっと仰天していたことだろう。
 対面して立ったまま、しばらく互いにその場で黙りこくっていると、岬が口を開いた。
「本当は晃のことを諦めて、ペガサスもやめようと思ってたんだ。こんどの発表会を最後にしようって」
 意外なことばに晃は驚いて訊ねた。
「やめるって、やめてどうするつもりだったんだよ?」
「医学部に入り直す。最初からそのつもりだったんだ。タイムリミットは大学の四年間って」
「だけど、おまえまだ三年生じゃないか」
「見切りをつけるなら、……早い方がいいと思った」
 自分自身に言い聞かせるかのように岬は言った。
「………」
 意外な告白にしばらく晃はことばがなかった。
 自分よりずっと環境が恵まれていると晃が思っていた岬にも、自らの期限があったのだ。それも晃のよりもっと厳しい期限が。
 黒沢の代行で水無瀬が晃たちの前に現れてから、何かが変わりだしたのだと、晃は感じていた。自分たちを取り巻いていた何かが変わってきている。表面上は静かだった水面に投じられた一石のように、水無瀬の存在が波紋を広げていくようだ。
 もしも自分と岬の間に、水無瀬が入って来なかったらと、晃は考えた。
 ――おれは岬の気持ちを、全然知らないままだったかもしれない。ただの友達として、岬の気持ちに気づかないまま……。
「同じレッスンを取るようになってから晃のこと、ずっと気になってたんだ」
 岬が静かに言った。
「養成所でおれに自分から話しかけて来る奴なんてあんまりいなくて、おれも自分が無愛想なのはわかってるけど。でも、晃は舞台実習で一緒になってから気軽に声かけてくれたりして、――うれしかった」
 愛想の悪い奴ではないと思う。ただ、歳のわりに不器用なだけだ。岬が笑ったらどんなに魅力的なのかを、晃は知っている。
「おれが迷ってひとりで踊ってたときに、晃がスタジオに来て、おれのダンスを観て、すごく良かったと言ってくれて……。だからもう少し、もう少しだけ頑張ってもいいかもと思った」
 そして岬は決意を新たにするかのように言った。
「負けられない」
 強い口調だった。
「やっぱり、ここで辞める訳には行かなくなった」
 岬の目は晃が怯みそうになるほど、決意のみなぎった強い光をたたえている。
「水無瀬さんには渡さない。おれより後から来て晃をさらうなんて、――そんなの納得できない」
 ずいぶん子供っぽい理屈だったが、必死に訴える岬を見ていると、晃はなんだか胸が熱くなる。
「負けないから。水無瀬さんには負けない」
 一方的に宣言して、晃はスタジオを出ていった。
「………」
 宣言をする相手が違う気もしたが、黙ったまま晃はその後ろ姿を見送った。
 発表会の日は、着実に迫ってきている。
 
 
 午後のCスタジオ。ぴんと張り詰めた空気が、危うい均衡を保っていた。
 スタジオの壁面全体に貼られた鏡越しに、石井が助けを求めるような視線をこちらに寄越す。しかし晃は敢えて気づかない振りをして、岬と水無瀬に注意を戻した。さっきから岬と水無瀬の間で、無言の応酬が続いていた。石井が演じている旅行添乗員と、岬が演じる大学生との短いセリフの場面で、どうしても水無瀬がOKを出さないのだ。
 今回の芝居は密室劇だ。ジャングルにある木の上の小屋の中、という設定で物語は進行していく。
 いきなり始まった内戦に巻き込まれて、やむを得ずろう城することになった狭い小屋で、旅行社の添乗員一名と、大学生やフリーターなどの客四名、計五名の日本人旅行者たち。 一見のんきそうな若者たちだったが、実はそれぞれが問題を抱えていた。気分転換に訪れた旅行で、今回のトラブルに巻き込まれたのだ。
 しかし、非日常の異常事態に直面し、そんな胸の内を吐露しながら、時にはいがみ合いながらもだんだん互いのことを理解するようになり、「生きて日本に帰りたい!」と五人が協力して脱出路を捜すストーリーだった。
 八月も下旬、水無瀬を迎えての発表会の稽古は、スリリングに展開中だった。
「もう一度、はいっ」
 水無瀬が平然と告げた。
 岬もまた眉ひとつ動かさずに、指示されるがままその場面の最初から演技を始める。
 新人の里中と森尾が呆然として、岬の演技を見守っていた。同じ場面の中にいて、聞いたセリフに反応するということも忘れてしまっているようだ。
 まあ無理もない。今日の稽古が始まってから、この同じ場面を数十回は繰り返しているのではないだろうか。巻き添えを食ったかたちで、石井が今日、数十回めの同じセリフを言って、岬がそれを受ける。
 水無瀬は、今度は止めなかった。
 晃は「はあ」とこっそりため息を洩らした。理由も告げず、何十回もやり直しさせる水無瀬も水無瀬だが、負けずに毎回芝居を微妙に変えて対抗する岬もなかなか見上げた根性だ。
 ――やっぱおれのせいか……?
 ちらりとそんなことを考えて、晃はすぐに否定した。冷静になって見てみればわかることだが、水無瀬はさっきから、理不尽にNGを出しているのではなかった。やり直しをさせる度に確かに岬の演技は良くなっているのだ。稽古の試行錯誤の過程で岬が持ちうる最高の演技を引き出そうとするのは、演出家として当然のことだろう。
 ただ、若い岬が水無瀬のダメ出しを『挑戦』と受け止めて、つい熱くなり過ぎるせいで、見ているこちらがハラハラしてしまうだけだ。
 しかしそんな岬の熱が周囲に伝導するのか、稽古の回数を重ねる度に石井はもとより、里中と森尾の新人ふたり組も、芝居の密度がぐっと上がっていくのが晃には感じられた。
 ――ぼんやりしてられないな。
 晃も自らに喝を入れるように胸中で呟く。
 
 その後通しで稽古をして、スタジオを借りていた終了時間の、夕方四時となる頃にはメンバー全員がぐったりとしていた。
「では、今日はこれで終わりましょう。お疲れ様でした」
 優雅な仕種で椅子から立ち上がった水無瀬だけは、全く余裕の表情だった。たかが上演時間二十分強の芝居を作るのにぐったりしていては、普段水無瀬が自分の劇団で手掛けるような芝居を作れるはずがない。
「晃くん、ちょっと話があります」
 更衣室に向かおうとした晃に、水無瀬が声を掛けた。
 晃の前には岬がいたが、こちらをちらりと見返しただけで、何も言わずにスタジオを出ていってしまった。
「下のロビーで待ってますから」
「わかりました。着替えたらいきます」
 晃は急いで後を追ったつもりだったのに、更衣室には石井と新人のふたりがいただけで、岬の姿は見当たらなかった。
「岬は?」
「もう帰ったっス」
 と、石井が答えた。
「月原先輩」
 石井が気遣わしげに口を開いた。
「ん?」
「水無瀬さんと岬、なんかあったんスか?」
 ――するどい質問だ。
「うーん。……なんでそう思う?」
 どう答えるべきか悩みながら、時間稼ぎに晃が逆に質問してみると、
「だって、すごい火花散ってたっスよ。きょうの稽古」
 と、石井が言った。
 ――……やっぱりそう見えたか。
 まさか自分がその原因かもしれないとは、晃は言えなかった。
「水無瀬さんは黒沢先生の代行だろ? たぶん今クールだけだろうから一緒にやれるのは最初で最後のチャンスだし、岬もテンパってるんじゃないかな」
 適当にそれらしい理由をでっち上げて晃が言うと、石井は納得したような、していないような曖昧な表情でこちらを見た。
「まあこの分だと、発表会は入賞も期待できるかもな」
「って先輩、いつも優勝するのは高峰先生のクラスって決まってるじゃないスか」
 確かに石井の言う通りだった。ペガサスプロモーションの養成所にも派閥みたいなものがあって、講師のひとりで元役者の高峰が指導するクラスはいつも評価が高いのだった。晃は高峰の指導するやり方が、ちょっと自分には合わない気がして、一クールしかそのレッスンを取ったことがない。
 おそらくは講師の中では最年長で大御所的な存在だったから、他の講師やマネージャーたちも一目置いているのだろうと晃は思っている。
「え、実は優勝狙ってたの、石井?」
 晃がわざと驚いて訊ねると、石井は慌てたように手を振った。
「なわけ、ないじゃないスか」
 そう言いつつも、石井はチャンスがあれば掴みたいという表情をしていた。
「ま、頑張ろうぜ!」
 ――悪くはない。
 晃は思った。やれるところまでやろうと思う。岬はもちろんのこと、石井も、里中と森尾も、たぶん同じ気持ちだろう。
 
 着替えを終えて晃がひとりで養成所の入口ロビーへ降りて行くと、ソファで水無瀬が待っていた。
「行きましょうか」
 と、晃の姿を認めると立ち上がって自動ドアを抜け、屋外の駐車場へと歩いて行く。
「あの、お話って……」
 歩きながら晃は訊ねた。
「僕の部屋でゆっくり話しませんか? フォートナムメイソンのアールグレイがあるのですが」
 どこかでお茶をするのかと思っていたので、
水無瀬のことばに晃はちょっと緊張した。
「だめですか?」
 晃の気配を察したのか、車のドアキーを開けながらさりげなく水無瀬が訊いた。
「……いえ、じゃあお邪魔します」
 ――別に逃げることなんてない。
 晃は促されるまま、水無瀬の車の助手席に乗り込んだ。
 
 水無瀬のマンションは養成所からだと車で二十分程の距離だった。見覚えのある玄関に通されて背後でドアを閉められた途端、晃は水無瀬に抱きすくめられた。
「っ、水無瀬さっ――」
 ぜんぶ言い終わらないうちに晃は唇を塞がれる。
「んっ…!」
 いきなり激しく奪われて、晃はパニックを起こしそうな気持ちを必死になだめた。
 たおやかな見かけとは似合わない獰猛な舌使いで、水無瀬は晃の舌を根元から吸い上げ、舐め尽くして口腔を犯す。
 思いのほか力強く抱きしめられて、息苦しさに喘ぎながらも、晃は抵抗できなかった。
「っ…、……」
 ようやく解放されて、肩で息をしながら、呆然と至近距離から水無瀬の整い過ぎた顔を見つめていると、目を眇めて水無瀬が言った。
「きょうは応えてくれないんですね」
 拗ねたような声色だった。
「あ……!」
 この前の曖昧な記憶はやはり水無瀬だったのか。
「憶えていましたか」
 ひっそりと笑って、水無瀬は晃に部屋に上がるように身振りで示した。
 
 キッチンからベルガモットのさわやかな香りが漂ってきた。水無瀬は言った通りに、アールグレイの紅茶を晃にごちそうしてくれるつもりらしい。
 やがてトレーにガラスのポットと、氷で満たしたグラスを二個載せて、水無瀬がリビングに現れた。晃の目の前のローテーブルに置くと、水無瀬は手慣れた様子でポットからきれいな紅い水色のお茶を氷の上に注いだ。
「どうぞ」
 と、グラスのひとつを晃にすすめる。
「いただきます」
 と、遠慮なく晃はグラスに口をつけた。さっき水無瀬に驚かされたお陰で喉はからからだった。ベルガモットの香りと一緒に、しっかりとした印象の紅茶の味が口中に拡がった。
 しばらくふたりとも黙ったまま向かい合ってお茶を味わっていると、おもむろに水無瀬が口を開いた。
「追われるより、追う方が楽しいものですね」
「……は?」
 言われた意味がわからず、とっさに晃は訊き返した。
「相手がなかなか堕ちないとなると、また格別です」
 ようやく晃は自分のことかと思い当たった。
 水無瀬ほどの容姿の持ち主なら、男だろうと女だろうと引く手あまただろう。そんな水無瀬にアプローチされながら、晃の煮え切らない態度は、もしかしたら水無瀬のプライドを傷つけているのかもしれなかった。
「『お試し』じゃなかったんですか?」
 言外に非難されているような気がして、晃は言った。
「僕は最初から本気ですよ」
 平然と水無瀬は応じた。
「最初はきみが持っている役者としての素材の良さに惹かれました。でも今では、晃くん自身にも惹かれている」
「………」
 真剣は瞳で告げられて、思わず晃は息を飲んだ。
「僕は晃くんが欲しい、と思います」
「!」
 大人の水無瀬にしては、ストレートに過ぎる物言いに晃はたじろいだ。晃は役者を目指す者として、演出家の水無瀬には確かに惹かれている。他にも水無瀬の人並み外れた美貌とか、淡い虹彩がけぶるような微笑とか、成熟した大人を感じさせる、落ち着いた言動や雰囲気とか。晃が水無瀬のことを好ましいと思うことはたくさんあった。
 ――でも……。
「岬くんのことが、気になりますか?」
 訊ねられて晃は水無瀬の顔を見返した。
「僕は知っていましたよ。彼が晃くんのことを好きなことぐらい」
 最初から水無瀬は気づいていたのだ。岬の晃に対する気持ちに。本人の晃は情けないことに全然気づいていなかったが。
「そんなの見ればわかるでしょう?」
 と、当然のように言う水無瀬は意地悪だ。
「………」
 迷っている自分を、我ながら優柔不断だと晃は自嘲気味に思う。
「じゃあ取り引き、ということにしましょう」
 水無瀬はそれ以上晃を追求せずに、ことばを継いだ。
「うちの劇団で今年の冬、僕の演出で公演をすることになっています。条件次第では晃くんにキャストを振ってもいい」
「え…!」
 水無瀬の所属している劇団といえば大手で名のある劇団だ。マスコミも注目していて、人気のある公演のチケットは取るのも難しいと聞く。思わずごくんと息を飲んで晃は訊ねた。
「条件って、……何ですか?」
「晃くんが僕のものになること――」
「……っ…!」
 やっぱり、という感想もあった。しかし、こんな条件を出してくる水無瀬は、晃には意外だという気持ちの方が大きかった。
 それでも、そんなことでメジャーな舞台の役がもらえるのなら、以前の晃は迷わなかっただろうと思う。ほかならぬ水無瀬であって、決して嫌な相手ではないのだ。
 ――もし、岬のことがなければ……。
 岬の思いつめた真剣な眼差しが晃の脳裏をよぎる。
「――少し時間をください」
 ようやく晃は言った。
「発表会が終わるまで。……そのときにお返事します」

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